鳥類バイオサイエンス研究室 鈴木孝幸 (2022年4月より大阪公立大学へ転籍)
「脊椎動物の骨格パターン進化のメカニズムを発生生物学で解く」
鈴木 孝幸 准教授にお伺いしました。
どのようなご研究分野のご研究をされているのか教えて下さい。
脊椎動物における骨格パターンの進化をもたらしたメカニズムを発生生物学、分子生物学、進化発生生物学の手法を用いて研究しています。
近年の研究成果では、長年の謎であったヘビの胴体が何故長いのか、ヘビ特有の骨格パターンの形成メカニズムの謎を解明し、NHKを始めとしたテレビや多くの新聞、海外のメディアに取り上げて頂きました。
進化の過程は胚の発生過程に刻まれています。そのため胚の発生過程を研究すると進化の道筋が少しずつ明らかになっていきます。その道筋を実際に描いているのが遺伝子の変化(進化)です。近年の発生生物学の手法を用いると、この遺伝子の変化が起こった時に、どのような形態の進化が起こったのか、実際に実験を行って検証することが出来る時代となりました。このように、進化のメカニズムの解明は、発生生物学を中心とした分子生物学やこれまでの進化学など多角的な視点や方法論を用いて解明していくことが期待されている、今後大きく発展していく研究分野です。
胚の発生・・・つまり、どのようにして個々の生命が形作られていくかを研究することが、進化を紐解くカギになるのですね。すみません、もう少し詳しく教えて頂けますか?
進化は、私たちの体がつくられる発生過程が、遺伝子の何らかの変化により少しずつ変わって行き、それがさらに蓄積されていったはてに起こります。したがって、ぞれぞれの生物において発生過程を研究すれば進化の過程でどのようなことが起きたのかを直接調べることができます。形態の進化は最も目で見て形の違いが分かる、よい進化の指標になります。この形態の進化は発生過程の変化の蓄積で起こると言うことです。私もこれまで純粋に動物の形が出来る仕組みを調べて来ましたが、調べていくうちに、実は進化の過程でこのようなことが起こったのではないかと言うメカニズムが見えて来る時があります。つまり、体の作られ方を理解しているからこそ、どこが変化した結果、その生物の形態が変わったのか予想をつけることが出来ます。
なるほど。私たちの体は遺伝子の変化の蓄積でできていて、個々の生物の発生は進化のはてに独自の形態形成をしているものなのですね。そう考えると日々進化の歴史に辿られているようでとてもワクワクしてきました!具体的にはどのようなことがわかってきているのでしょうか?
脊椎動物の中でカメなどは胴体が短く(頭から後ろ足までが近い)、ヘビは長い胴体を持つ(頭から後ろ足までが遠い)ことが知られています。近年の研究で、私たちはこのような脊椎動物の多彩な形態が生まれた理由は、GDF11というたった1つの遺伝子の働くタイミングの違いで説明出来ることが分かりました。このメカニズムは地球上に存在するすべての足を持つ動物に適用出来ると考えられます。この発見は、脊椎動物の形態の大進化を解明するための重要な糸口になるとともに、私たちの体の器官のうちとりわけ後ろ足周辺の、下半身全体の器官の位置を決める発生メカニズムの解明につながることが期待されます。私達は、脊椎動物における骨格パターン進化の中でもとりわけ目に付く、手足の位置の多様性を生み出した進化的なメカニズムを発生生物学的手法を用いて証明したいと考えています。
体が形作られる時にたった一つの遺伝子が働くタイミング違うだけで、胴体の長さがこんなにも多様になるのですか!動物毎にタイミングが異なるとのことですが、どのような動物を研究されているのですか?
私が研究しているのは脊椎骨になるもとである、発生中の体節(たいせつ)と呼ばれる組織です。この組織は、頭側からしっぽ側に沿って一列に作られます。ニワトリの胎児であるニワトリ胚は、発生途中の卵の殻をそっと開けると生きている状態で観察が出来ます。また体節を非常に観察しやすい生物なため、普段は主にニワトリ胚を使って実験をしています。高校の生物の実験でも見た人がいるかも知れません。この他にも、マウス、スッポン、シマヘビの胚も採取して使用しています。
ニワトリやマウスはよく研究されていると聞いたことはあるのですが、スッポンやシマヘビを使うのは珍しい気がします。どうして研究対象としているのですか?
スッポンは体が短く、シマヘビはヘビなので長い体を持っています。ニワトリやマウスと比べてこのような脊椎骨の数が異なる生物は、ゲノムのどこが変化したのかを調べるために使用しています。先程もお話ししましたが、進化は発生過程の変化の蓄積でおこります。そのため、発生過程を観察出来る種を研究する必要があります。日本では、スッポンが古来より食用として飼育され、スッポン牧場もあります。また日本の固有種であるシマヘビは無毒で温厚であり、研究しやすい生物です。このように、日本には骨格パターンの進化を研究するために優れている生物がそろっています。
なるほど。スッポンやシマヘビの研究しやすさ、というのは考えたことがありませんでした。これも日本の生物多様性の1つですね。ところで、進化はどのようにしたら解明出来るのでしょうか?
もちろん遺伝子のどこの変化が起こったのかを突き止めることが大切です。しかし、その変化がどのように形態の変化を誘導したのか、そのメカニズムまで解明することが重要です。メカニズムの研究で優れているのがマウスとニワトリです。マウスは遺伝子組み換えがしやすく、遺伝子がなくなった時の機能を調べることが出来ます。ニワトリは局所的に遺伝子の働きを操作することが出来る遺伝子導入方法があります。これらの手法を駆使してメカニズムまで明らかにすることで初めて進化の全容を理解することが出来ます。
遺伝子の働きまで理解することで進化の全容が見えてくるのですね。今後の進化研究の展望について教えて下さい
私が学生の頃はヒトゲノムの解読も終わっていませんでした。それが今やいろんな生物のゲノムが自分たちで読める時代になりました。これによりここ5年間で進化研究が格段に進むようになりました。ゲノム解読により次々に面白い生物の進化のメカニズムが明らかにされています。そのため、次の10年は進化研究のゴールドラッシュと言えるでしょう。これからの進化学は、発生生物学や遺伝学、分子生物学、形態学など様々な研究分野の知識を総動員して解明していくことが必要な学問です。それには各自の興味と幅広い知識を吸収していくチャレンジ精神が必要です。大学での最新の知識を学んで進化のメカニズムを一緒に解き明かしていきましょう。