害虫制御学研究室 水口智江可

昆虫の脱皮変態を解明し、害虫を制御する

昆虫の研究をされている水口先生にお話を伺いました。

先生の研究室の名前は「害虫制御学研究室」ということですが、どのような研究をされているのでしょうか?

「害虫」には、農作物に被害を及ぼすような「農業害虫」、人や家畜に対して直接的な害を及ぼしたり病原体を媒介するような「衛生害虫」、など、様々なものが含まれます。そのうち、私たちの研究室では主に「農業害虫」を研究の対象としています。私自身は、昆虫の脱皮変態がどのように制御されているか?という点に興味を持って研究に取り組んでおり、昆虫の脱皮変態に関する研究で得られた知見を、害虫防除方法の改良や開発へ役立てることを目指しています。

そのような観点から研究を進めやすい昆虫種をいくつか選んで、研究に用いています。現在は、カメムシ、アザミウマ、カイガラムシ、トビイロウンカ、ハスモンヨトウ、コクヌストモドキなどです。

害虫について研究することでそれらの防除に繋げていく研究をされているのですね。特に興味を持たれているという「昆虫の脱皮変態とその制御」について、詳しく教えてください。

昆虫は成長するにつれて外骨格の殻を脱ぎ捨てて新しいものに作り替えており、これを脱皮と呼んでいます。昆虫の外骨格はクチクラと呼ばれ、体全体をしっかりと包んで保護していますが、成長して体が大きくなっていくと外骨格の伸縮には限界があるため、殻を脱ぎ捨てて新しく作り直すことが必要なのです。一方で変態とは、幼虫から蛹、さらに成虫へと姿を変えることです。ただし、全ての昆虫が「幼虫→蛹→成虫」というように変態するわけではなく、蛹の過程がなく「幼虫→成虫」と変態する昆虫(トンボ、バッタ、ゴキブリ、カメムシなど)や、幼虫から成虫へと成長するものの外部形態の変化がほとんどないもの(イシノミ、シミなど)もいます。

そして、仮に栄養条件や気温・日長などの環境条件が同じであれば、成虫の体サイズ、成虫になるまでの時間、および脱皮回数は、昆虫種ごとにほぼ決まっていて一定の値をとります。栄養条件や環境条件を感じ取り、その結果として内分泌されたホルモンが、発育を厳密に制御しているのです。

なるほど。昆虫種ごとにそれぞれ厳密に脱皮変態が制御されているからこそ、いくつもの昆虫種を用いて研究されているのですね。そのタイミングや回数を制御するホルモンとは、どのようなものですか。

昆虫の体内で分泌される脱皮ホルモンと幼若ホルモンが、脱皮変態の制御に関わっています。脱皮ホルモンは前胸腺という器官から分泌され、幼虫から幼虫への脱皮や、幼虫から蛹などの脱皮を誘導する作用を持ちます。一方、幼若ホルモンはアラタ体という器官から分泌され、幼虫から蛹や成虫への変態を抑制します。すなわち、幼若ホルモンの濃度が高いうちは幼虫の状態に留まりますが、十分に体が大きく成長して幼若ホルモンの生合成が行われなくなると、蛹や成虫に変態します。いずれも昆虫の成長に応じて適切な時期に分泌されることによって、正常な発育を遂げることができます。

幼虫の状態を保つホルモンと脱皮を促進するホルモンのバランスによって、昆虫の脱皮と変態が制御されているのですね。昆虫種ごとに脱皮回数や変態の過程が異なるとのことでしたが、やはりホルモンの制御もそれぞれ異なるのでしょうか?

そうですね。共通する部分もありますが、種ごとに異なる点もあります。ホルモンによる脱皮変態の制御は、キイロショウジョウバエ、カイコガ、およびコクヌストモドキといった「モデル昆虫」で既に多くの知見が得られていますが、現在私たちの研究室では、ユニークな発育をたどる昆虫を対象として研究を行っています。

例えば、カイガラムシはカメムシ目というグループに属する昆虫で、植物の師管液を吸汁して栄養を摂取します。カイガラムシは、幼虫期間の半ばまでは雌雄間で外部形態に違いが見られませんが、雄は翅を持つ成虫になる一方で、雌は幼虫と類似した姿のまま、翅を持たない成虫になります。私たちは、このようなカイガラムシのユニークな発育とホルモンの関わりについて調べています。今までの研究の結果、雌雄に特異的な形態が形成される時期に、ホルモンの濃度が雌雄で異なることがわかってきました。ホルモンが、翅などの成虫の形態を作り上げるための遺伝子の発現を制御し、雌雄で形態が異なる成虫へ変態するものと考えられます。

種間だけではなく雌雄でも、異なるホルモン制御によって形態を変化させているとは驚きです!このような現象はカイガラムシ以外の昆虫でも見られるのですか?

はい、他の昆虫でもいろいろなことが解明されています。例えばクワガタムシの雄は、雌よりも大きく発達した大顎を持っていますが、幼若ホルモンが雄の大顎発達に関わるとの報告があります 。

あの立派な大顎もホルモンによる制御が関わっているとは!これらの多様性に富む昆虫の発育に関するホルモン制御について、先生はどのような点を研究されているのでしょうか?

内分泌されたホルモンは、組織へ到達した後、細胞内に存在する受容体に結合します。そして、いくつかの転写因子の発現制御を経て、発育に関わる様々な遺伝子群の転写を制御します。これをホルモンのシグナル伝達経路と呼んでいます。このシグナル伝達経路については既に、多くのことが分かってきています。しかし、同じ昆虫種でも発育時期ごとに、また雌雄間で、シグナル伝達経路に違いがあるらしいということが最近分かってきました。私たちは、そのようなシグナル伝達経路の違いが、発育の厳密な制御を生み出す鍵であると考え、シグナル伝達経路を詳しく解明することを研究の目的としています。

ホルモンが分泌され、それらが発育に関わる遺伝子を機能させるまでの経路を研究されているのですね。実際にはどのような実験手法を用いて、研究を進めているのですか?

昆虫においては遺伝子の機能を調べるための手法として、遺伝子の機能を欠損(遺伝子ノックアウト)させる「ゲノム編集」や、遺伝子の転写・翻訳を阻害する「RNA干渉」といった方法が開発されてきています。このうち私たちは、RNA干渉による遺伝子ノックダウンを行っています。手順を簡単に説明すると、麻酔をかけた昆虫に、機能を調べたい遺伝子の配列を持つ二本鎖RNAを注入し、その機能を抑えるというものです。

具体例を1つ挙げますと、コクヌストモドキという甲虫の幼虫に、幼若ホルモン生合成酵素遺伝子の二本鎖RNAを注入すると、その機能が抑えられて幼若ホルモン生合成がストップするため、通常よりも早く蛹へ変態してしまいます。

なるほど、分子レベルで昆虫の脱皮変態に関して明らかにしていくということですね。これらの研究はどのように私たちの暮らしに役立っていくのでしょうか?

昆虫のホルモンは昆虫体内で合成されて内分泌されますが、そのような天然型のホルモンとよく似た活性を示すような合成化合物が開発され、殺虫剤として実用化されてきました。例えば幼若ホルモン様活性物質と呼ばれる化合物群が開発され、いくつかの化合物が殺虫剤として実用化されましたが、これを昆虫に投与するとホルモン作用のかく乱により正常な変態が阻害されて死んでしまいます。昆虫のホルモンは私たち哺乳動物には存在しないホルモンであるため、昆虫ホルモン作用をかく乱するような殺虫剤は、哺乳動物には毒性の低い理想的な殺虫剤であると予想されます。

ホルモン作用をかく乱することによって害虫を狙い撃ちにできるような殺虫剤は、他の動物に影響が低く、確かに理想的です。最後に、今後の研究の展望についてお聞かせください。

先ほどお話しした幼若ホルモン様活性物質は、天然の幼若ホルモンと同様に、生体内の幼若ホルモン受容体へ結合することによって活性を示すということが、他の研究グループから報告されました。

私たちは、幼若ホルモン様活性物質の作用機構をより詳しく調べる研究に取り組んでいます。興味深いことに、幼若ホルモンそのものは幅広い昆虫種に共通して存在しているのに、幼若ホルモン様活性物質を投与した場合の殺虫効果の現れ方は昆虫種によって違いがあることを見出しました。現在、その要因を詳しく調べる研究に取り組んでいます。このようなことを詳しく調べていけば、将来的には、防除したい害虫のみに作用するような殺虫剤の開発が可能になるかもしれません。昆虫の中には、害虫を捕食する昆虫やミツバチなどを初めとする有益な昆虫がいますが、そのような「防除対象ではない昆虫」には殺虫活性を示さないことが理想的です。そのような、選択性の高い殺虫剤の開発に少しでも貢献できれば、と考えています。

【より詳しく知りたい人に向けて】

水口智江可「害虫防除への応用を目指した、昆虫ホルモン作用の基礎研究」 比較内分泌学 45巻166号 p. 39 (2019)  https://doi.org/10.5983/nl2008jsce.45.39