動物統合生理学研究室 吉村 崇

「動物に学び、食と健康の未来に貢献する」

生命のリズムを刻む、体内時計について研究をされている吉村 崇 教授に話を伺いました。

まず初めに大学に進学するときに、なぜ農学部を選んだか教えて頂けますか?

私は子どものころ、滋賀県の田舎で育ちました。自然が豊かなところで育ったので、小さい頃はカブトムシやクワガタ、アマガエル、クサガメ、カナヘビなど身近にいる動物を捕まえて飼うのが趣味でした。また、親にねだって、金魚、インコ、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌなども飼いました。そのため、小さい頃は動物園で働くことを夢見ていました。でも少し大きくなると、大好きな動物をもっと知りたいと思うようになりました。理学部や医学部でも動物を使った研究が行われていますが、それらの学部で主に扱われているのはショウジョウバエやマウスなどの「モデル動物」です。医学部への進学を勧められたこともありますが、野生の動物を家畜化したり、まるごとの動物に触れられるのは農学部だと知り、行くなら農学部しかないと思い、農学部に進学しました。

なるほど。研究対象としてだけでなく本当に動物がお好きなのですね。現在の研究ではどのような動物を対象に研究を行っているのですか?

世界中の多くの研究者はモデル生物を使って研究をしています。私も大学生の時には、様々な研究ツールがそろっているマウスを使えば、世界をリードする研究ができると思って、マウスで研究生活をスタートしました。でも、大学院に進学し、将来独立した際にやりたい研究テーマを探すために色んな論文を読んでいたところ、モデル生物だけでは生命を理解できないことに気がついたのです。それ以来、私は自分が明らかにしたい謎を解明するために、どの動物が一番適しているかを考えて研究しています。その結果、気が付いたら、私の研究室では約20種類の動物を扱っていました。私の研究室は動物園みたい、と言われることがありますが、色んな動物の研究をすることができて、小さな頃の夢がかなった気分です。

20種類!本当に小さな動物園ですね。昔から様々な動物が好きな吉村先生だからこそ、生命を理解するために扱う動物が増えていったのだと思います。私も動物が好きなので吉村動物園にお邪魔してみたいです!
それらの多くの動物でどのような研究をされているのでしょうか?

あとでぜひ私の自慢の動物たちを見ていってください(笑)。

研究としては「体内時計」に注目しています。多くの人は毎朝、目覚まし時計を使って、起床しているのではないでしょうか。おうちの人に起こしてもらっている人もいるかもしれません。自然界に生息している動物たちは、目覚まし時計を持っていませんが、毎日決まった時間に起きることができます。また、時間の手がかりのない洞窟などに閉じ込められた場合でも、自分の身体の中に備わっている「体内時計」で、正確に時を刻むことができるのです。動物たち、凄くないですか?腕時計も目覚まし時計も持たない動物がどうやって時を刻んでいるの?という好奇心が私の研究の原点です。

ニワトリが朝に時を告げることは古の時代からよく知られていますが、なぜ朝鳴くのかはわかっていませんでした。ニワトリは日の出を合図に鳴くと考えている人もいましたが、私たちはニワトリが日の出の合図がなくても、体内時計を使って時を告げることを世界で初めて発見し、世界中で話題になりました。

え!ニワトリは日の出が無くても朝がわかるのですか!身近で当たり前の生き物の中にもそのような驚きの仕組みがあるのですね。眠りからの目覚め以外に体内時計はどのように生命現象に関わってくるのでしょうか?

体内時計、つまり生命のリズムに関する現象はたくさんあります。例えば、私たちの身体の中には心臓の拍動や、呼吸、睡眠・覚醒など、様々なリズム現象があります。特に研究が進んでいるのが概(おおむ)ね1日のリズムを刻む「概(がい)日(じつ)時計」です。概日時計の分子機構の発見という功績に対して、2017年に米国の3名の研究者にノーベル生理学医学賞が授与されています。

実は動物の身体の中には約1年のリズムを刻む「概(がい)年(ねん)時計」が存在することも知られていますが、その仕組みは、いかなる生物においても未解明です。私たちはこれまで、動物たちが日の長さの変化を感知して、環境の季節変化に巧みに適応する仕組みを、洗練された季節適応能力をもつウズラ、メダカ、ハムスターなどを用いて明らかにしてきました。現在は、動物が約1年周期の「概年リズム」を刻む仕組みの解明に取り組んでいます。

また、満月になるとサンゴやウミガメが一斉に産卵することが知られています。最近の研究で、ヒトの睡眠や月経周期などの営みも月の満ち欠けの影響を受けていることがわかってきましたが、その仕組みは全くわかっていません。私たちは新月、満月の大潮の日に一斉に産卵するクサフグなどをモデルとして、月のリズムの仕組みの解明にも取り組んでいます。

鳥から海洋生物まで・・・本当に多種多様な生物を取り扱い、それぞれで面白い発見をされているのですね。そのように、幅広く研究を進めるうえで大切にしていることはどのようなことでしょうか?

発見駆動型のアプローチ、つまり見つけた現象に対して先入観なく研究を進めていくことを大切にしています。従来からわかっている知見をもとに仮説をたて、研究を進めるアプローチを仮説主導型の研究といいます。私も偉大な先人たちの発見をもとに、様々な仮説をたてて実験を行ってみましたが、仮説どおりに研究が進んだことはほとんどありません(笑)。それを繰り返しているうち、自分の限られた知識で生命の神秘を説明しようとしていること自体がおこがましい気がしてきました。

科学は日々進歩していますが、生物の設計図とも呼ばれるゲノムが解読されてから、生命科学にはパラダイムシフトがおこりました。それまでは個々の遺伝子の働きを一つ一つ明らかにしていくのが生物学の主流でしたが、多くの生命現象は単一の遺伝子に制御されている訳ではなく、様々な因子が複雑に絡み合ってコントロールされています。そんな複雑な生命現象を理解しようと思ったら、一つの遺伝子を見ているだけでは全体像はみえてきません。ゲノムの解読や高速シーケンサー、質量分析装置などの技術革新のおかげで、現在では全ての遺伝子や代謝物などのふるまいを一度に網羅的に調べて、生命をシステムとして理解できるようになりました。ビッグデータをもとに先入観なく、全く新しい発見をする発見駆動型のアプローチによって、自分の想像を超えた生物の巧みな生存戦略が見えてきました。教科書に書かれておらず、誰も知らない仕組みが見えてくる瞬間は、楽しくて仕方ありません。

なるほど。最新の技術を用いながら俯瞰的に生命を眺めることによって、想像を超えた生命の神秘を解き明かしていっているのですね。これらの発見はどのような役にたつのでしょうか

例えば、動物の繁殖活動は体内時計によって調節されています。そのため、私たちは体内時計の仕組みの解明を通じて、動物の生産性の向上に貢献したいと考えています。また、興味深いことに、最近の研究から、概日時計が慢性的に狂うと様々な病気のリスクが上昇することがわかってきました。さらに、冬になると、心疾患、肺炎、インフルエンザ、精神疾患などが重症化することも知られていますが、仕組みはわかっていません。私たちは有機合成化学の研究者らと共同研究を行っており、ロボットを使って体内時計を調節する分子の探索も行っています。私たちは、これらの取り組みを通して、冬季に低下したメダカの社会性を改善する分子を発見しています。今後は、様々な病気を未然に防ぐ機能性成分や薬を開発したいと考えています。朝が苦手な皆さんが気持ちよく目覚められる薬やサプリメントなどを見つけられるかもしれません。

恥ずかしながら朝が苦手なので、ぜひ気持ちよく目覚められるサプリメントの開発をお願いします!最後に農学部を目指す高校生の子たちに何かメッセージをお願いします。

農学部というと、農業を想像する人が多いかもしれませんが、ヒトの食品や健康に貢献するのも農学部の大きな使命です。また、すぐに役に立つ研究も重要ですが、応用展開がすぐに見えない基礎研究も、とても大切です。たとえば名古屋大学ともゆかりがあり、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見してノーベル化学賞を受賞された下村脩先生とお話しさせていただいた際に、下村先生は、生物の発光の不思議を明らかにしたいと思って研究していたけど、応用研究については全く考えたことがない、とおっしゃっていました。でも、実際にはGFPは生命科学の広い分野で用いられており、科学の発展に大きく寄与しています。私たちは、純粋な基礎研究として、生命に普遍的にそなわる体内時計という仕組みを理解したいと思っています。