水圏動物学研究室 山本 直之

「魚も意外と賢い」

サカナの脳や感覚、行動の仕組みについて研究されている山本 直之 教授にインタビューしました。

サカナの脳や感覚を研究されているとのことですが、サカナの脳は我々ヒトの脳とどのような違いがあるのでしょうか?

サカナの脳には、我々ヒトと同じで「大脳(終脳)、間脳、中脳、橋、小脳、延髄」という全ての脳領域が揃っています。つまり脳の“部品”全てがあるのです。もちろん、サカナにも脊髄があります。

部品が揃っていても、果たしている機能は全然ちがうのでは?と思う人がいるかもしれません。実際以前は、サカナの大脳には嗅覚だけが送られてきていると信じられていました。私たちヒトでは、大脳には、視覚、聴覚、触覚、味覚など全ての感覚が送られてきています。嗅覚の処理しかしないとされていたため、サカナの大脳は“嗅葉”と呼ばれることもありました。私たちはこの見方に疑問をもち、いろいろな感覚を処理する神経回路を調べました。例えば視覚であれば、視神経が具体的に脳のどの場所にいって視覚情報を伝えているのかをまず調べました。続いて、視神経から視覚情報を受け取っている場所が次にどこに情報を伝えているか、といったやり方で視覚情報の流れを調べて行きました。さまざまな感覚について調べた結果明らかになったのは、視覚、聴覚(外から見える耳はありませんが、サカナにも内耳はあって音が聞こえます)、側線感覚(水流を感じる感覚)、触覚、味覚など全ての感覚が大脳に到達していることでした。中脳、小脳、橋、延髄もヒトと同じような情報のやりとりをして、似たような機能を持つ場所がたくさんあります。我々とよく似ているのです。

なるほど、かなり似ていて機能的にも様々な感覚を受け取ることができているのですね。ヒトの脳は大きく発達していると聞いたことがあるのですが、サカナの脳の大きさはどうなのでしょうか?

大きさについては、絶対的な大きさや重量はもちろん我々ヒト(1.3kg程度)とは比べものにならないくらい小さい種が多いです(多くの場合、0.1gとか5gといった重さ)。とはいえ、絶対的な重量でいうとクジラやイルカ(9kgとか2kg)、ゾウ(5kg)の方が私たちの脳よりも遥かに重いという事実があります。体が大きい分、脳も大きいのはある意味当然です。そこで、脳の重量を体重で割った数値で比較することが行われます。そうすると、我々を含む哺乳類よりも相対的に軽い脳を持っているサカナの種(魚種)が多いことがわかります。

脳が小さいということは、サカナはあまり賢くないのでしょうか?

いやいや、そんなに単純ではないです。一部の魚種は哺乳類と同等の相対的な重さを持つ種もいます(例えば、アカエイ)。この「体重に対する脳の重さ」については、問題点もあります。体重で割る(脳重[g]/体重[kg])ことによって、確かにヒト(20)の方がクジラ(0.1)やゾウ(1)よりも相対的に重い脳をもつことになります。万物の霊長を自負する身としては、一安心というところですが、実はもっと上の動物がいます。それは例えばハチドリの仲間で、我々を遥かに上回る脳(40)を持つことになります。ハチドリは私たちの2倍、象の40倍賢いのでしょうか?体重そのものではなくて体重の3/4乗で割るという方法もありますが、そもそもどのようなやり方で比較するにせよ、脳が大きいほど賢いのかどうか不明であるという根本的な問題があります。

なるほど、脳が大きければ賢い。というわけでは無いのですね。しかし、どのようにすれば「賢さ」というのはわかるのでしょうか。

結局のところ、行動を観察してどの程度賢いのか推察するという古典的な手段がこの問題に迫る上で重要です。

サカナは割り算とか掛け算をするとか道具を使って複雑な作業をするといったことは苦手ですが、社会的な行動に関する能力は実はかなり高いことがわかってきています。例えば、ディズニー映画にでてくるカクレクマノミは数匹の集団で生活をしているのですが、最も大きな個体が雌、次に大きな個体が雄、それ以外は未成熟個体です。雌が病気や捕食によっていなくなると、2番目に大きな個体はすぐさま雌が示す行動を行うようになります(ディズニー映画のような展開にはなりません)。その後何日も経ってから、2番目に大きな個体の精巣は卵巣に変わります。つまり生殖腺の性転換が起こるのに先立って、行動レベルの性転換が起こります。これは、個体群における自分の社会的位置を理解しているのみならず、社会構造が変化した時に自分がどう振る舞えばよいのか理解していることを示します。

なるほど。集団の中における自身の立ち位置を認識できていて、体が変化する前に行動から変化させられるのですね。

また、水槽の壁に映った自分の姿を見て、それが自分であると認識できる魚種もいます(ホンソメワケベラ)。その他にも他個体間のケンカを見学させると、その勝敗の結果に基づいて、直接対決を観察していない個体の強弱関係を推測できる魚種も知られています(シクリッドの仲間)。これは推移的推論と呼ばれる能力で、ヒトでは3歳くらいまでに備わるとされています。個体間の強弱関係がわかるということは、個体識別もできているわけで、実際に顔の模様の個体差で見分けていることもシクリッドの仲間でわかってきています。さらにさらに、共同で狩りをするサカナもいます。

自己を認識するだけでなく他者を区別して認識し、協力もできる。サカナも賢く見えてきました!

賢いのとはちょっと違いますが、サカナには我々ヒトと違った側面で高い能力をもつものもいます。例えば、コイやキンギョは味覚に依存した高度の能力をもっています。キンギョを飼ったことがある人は、ときどき底に敷いてある砂利を飲みこみ、その後しばらくして砂利を吐き出すのを見たことがあると思います。あれは、口の中で砂利と餌となるものを味覚によって選別しているのです。口の天井にある筋肉質の組織(口蓋器官といいます)が選別作業の主役です。口蓋器官の表面には味蕾(味の感覚器:味細胞というアミノ酸などの化学物質を感じる細胞が集合している)がたくさんあって、餌となる美味しいものに触れるとその情報が延髄の迷走葉に送られます。情報を受け取った迷走葉の運動ニューロンは口蓋器官の筋肉を局所的に収縮させて餌を鰓に押し付けて動けなくします。味のしない砂利は押さえられないので、水を吐き出すときに一緒に流し出されることになります。このキンギョの能力を私たちに当てはめると、直径3mmくらいのビーズ100個と同じくらいの大きさの小粒の飴5個を同時に口に入れ、ビーズを吐き出して飴だけ食べるといったところです。これは私たちには無理ですね。このような能力ではキンギョに完敗です。

凄い!人間にとてもそんな器用な真似ができるとは思えません…

他にも、特殊化した胸鰭を使って砂地の海底を歩き回るホウボウもかなり特異な能力を持っています。“健康のために散歩してるんですか?”と質問してみたいものですが、どのような答えが返ってくるのか?ホウボウの胸鰭には、味細胞に似た細胞がバラバラと単独で分布しています。この細胞は味細胞のように化学物質に反応します。つまり、餌を探すために海底を這い回る行動が散歩しているかのように見えるわけです。なので、ホウボウの答えは、“食事中だっからよう、邪魔すんじゃねえ。このべらぼうめ”といったところでしょう。なんだか怒りっぽいホウボウさんですが(しかも東京の下町出身?)、こういう会話がサカナとできたらどんなに面白いことでしょう!ホウボウの真似をするとしたら、裸足で歩いて足の裏で食べ物を探す、となるのでしょうが、これまた私たちには無理な相談ですね。

足の裏で食べ物を探す(笑)考えたこともありませんでした。確かに、そこまで我々とできることが違うとサカナと会話して何やっているか本魚?から聞いてみたいですね(笑)

他にはどんな特殊な能力を持った魚がいるのでしょうか?

サカナは変な奴らの宝庫です。頭に竿のような棒が生えていてその先がゴカイ(よく釣餌に使われる虫)のようになっているカエルアンコウというサカナがいます。竿のようなものは背鰭が変化したもので、先端のゴカイのようなものは皮膚が変化したものです。この竿を振って、騙されて食べにくるサカナを一瞬で丸呑みにします。もともとは背鰭なのですが、遊泳とは関係なくて餌になる小魚が近寄ってくると竿を振り始めます(“釣り行動”と呼んでいます)。通常の背鰭の運動制御の場合とは違う神経回路があることが私たちの研究でわかりつつあります。また、顎の下に生えているヒゲを動かして、砂地にいる餌を探し出して食べるヒメジの仲間がいます(“ヒゲ振り行動”と呼んでいます)。ヒゲを持っているサカナは、コイとかナマズなどたくさんいますが、動かせるヒゲを持つのはヒメジの仲間くらいしかいません。ヒゲの先に餌が触れたとしても、ヒゲがどちらを向いているかで餌の三次元的な位置は違うので、ヒゲの位置情報も処理しているはずです。ヒゲにある味蕾の分布、餌の空間的位置を計算する回路、ヒゲを動かす神経回路などを現在調査中です。

背びれを使って釣りをしたり、ヒゲで餌を探すとは…想像を超えるようなサカナばかりですね。

まだまだいます。ハゼの仲間には、砂と一緒に餌を頬張ったあと、口をもぐもぐと動かして砂は鰓から捨て、餌だけ食べるものがいます(サラサハゼやクロイトハゼなど)。このハゼの行動に気がついたのはカーリング女子が人気の頃で、試合中のおやつの時間をもぐもぐタイムと呼んでいたのにちなみ、“もぐもぐ行動”と名付けました。もぐもぐハゼにはキンギョのような口蓋器官はありません。もぐもぐハゼでは、サカナの喉の奥にあり第二の顎と呼ばれる咽頭顎が非常に発達していて、そこに生えている歯(咽頭歯)も特殊なことが我々の研究でわかってきました。発達した咽頭顎と特殊な咽頭歯がもぐもぐ行動を行う上で重要と考えています。これらの特殊な行動の動画は水圏動物学研究室のHPで見ることができます(https://fish-biology-nu.wixsite.com/fish-biology-nu/research-themes)。

もぐもぐ行動(笑)可愛らしいですね。今まで知らなかったサカナの凄い面を知れてとても面白いです。ところで、これらの脳や感覚器に関する研究はどのように役に立つのでしょうか?

今日のお話だと面白いだけに感じられるかもしれませんが、実際には重要な意義があります。例えば産卵ですが、放出された卵と精子が受精し、そのまま海水中を漂う魚種もいますが、海藻に卵を生み付けるものや、岩の間の狭い隙間やある程度の大きさの穴に卵を産んで親が孵化まで卵を守るような種もいます。産卵に適した海藻や岩穴を探すためには、視覚や触覚などを使っているはずです。比較的簡単に飼育下で繁殖する魚種もいますが、環境が整わないと産卵しない難しい種もいます。どのような感覚が重要なのか、その感覚情報がどのようにして産卵を制御する脳の中枢に伝わるのか、を明らかにするにすれば、それを安定的な産卵の誘導に繋げることができます。また、自然環境下でどのような環境要素が繁殖を行う上で重要なのかを明らかにすることにつながります。これは、資源量が減少している魚種の繁殖促進、生物多様性の保全にもつながる知識となります。

繁殖行動を行う相手となる異性の認識やより好ましい異性の選択にも視覚や嗅覚などが重要ですし、相手の近くに泳いで行って体をくねらせたりする種固有の繁殖行動も脳が操っています。このように、感覚や脳の研究は水産業の進展、資源や多様性の保全の土台となります。このような観点から、私たちは資源量の枯渇が深刻なニホンウナギの感覚器や脳についても研究を進めています。

面白いうえに、今後の日本の、世界の水産資源を守り育て行く重要な研究なのですね。最後に、これから大学を選ぼうとしている高校生に向けて一言お願いします。

これまでの勉強は、教科書や参考書をみてそこに書いてあることを“学ぶ”というものだったと思います。教科書に書いてある内容には、その根拠となる研究があります。日々進んでいく研究によって、教科書に書かれている内容は実は間違っていることが明らかになることがしばしばあります。書かれている現象は正しくてもその背後にあるメカニズムが間違って解釈されていたり、現象そのものが間違って認識されていたりします。教科書を鵜呑みにしていけないのです。私自身、15年ほど前にそのような経験があります。脊椎動物の発生過程に関して広く信じられている理解があります。これは1828年にErnst von Baerによって提唱されたもので、「最初に3つの膨らみ(前脳胞、中脳胞、後脳胞)ができて、やがてそれらは5つの膨らみとなる。前脳胞からは大脳と間脳が、中脳胞からは中脳が、後脳胞からは後脳(橋と小脳)、延髄ができてくる」というスキームです。一緒に研究をしていた方から、von Baerの説は間違っているのではないかという意見がありました。その方と一緒にこの問題を調査した結果、中脳胞から中脳ができてくるというのは少なくともメダカとニワトリでは完全に間違っていて、中脳胞からは、中脳だけでなくて後脳もできてくるのです。哺乳類についてもvon Baerのスキームは当てはまらない可能性が高いこともわかりました。大学に入っても、しばらくは高校生の時と同じような“勉強”の時が続くと思いますが、常に教科書が本当かどうか疑ってほしいと思います。最も信じられるのは、自分の観察と実験結果です。どうせ大学に入って頑張るのなら、これまで誰も知らなかった現象の発見や新たな仮説の提唱を目指して、卒業研究や大学院での研究を思いっきりやってほしいと思います。