動物統合生理学研究室 金 尚宏

体内時計の最深部から生命の起源を探る -カルシウムクロック-

体内時計の研究をされている金 (こん) 特任講師 (動物統合生理学) にインタビューしました。

~体内時計は地球の生命に普遍的に存在する機能~

はじめに基本的なことを教えて頂きたいのですが、体内時計とは何でしょうか?

体内時計とは「生物が内在的に持っている時計」のことです。一日周期のものを概日(がいじつ)時計、英語ではサーカディアンクロックと言います。生物は体内時計により、これから朝が来るのか、夜が来るのか予測し、生理機能を調節しています。私たちヒトはもちろん、昆虫も、植物も、菌類も、細菌にも体内時計が存在しているため、生命にとって普遍的な生理機能と考えられています。私たちは一日の時間を腕時計や掛け時計を見て知りますよね。そして、時間を知ることでこれからの予定を考えて行動できるわけです。こういった予測的な行動は生物にとって重要で、そのために生物は内在的に体内時計を進化させたと考えられています。

なるほど。私たちヒトでは体内時計はどのような行動に関わっているのでしょうか?

分かりやすい例では睡眠や覚醒などですね。みなさんは夜になったら眠り、朝がくれば起きますよね。例えば、洞窟のような明暗の環境情報が無いような環境でヒトが生活した場合でも、睡眠や覚醒のサイクルは24時間に近い周期で継続します。こういったことから、私たちの中にもしっかりした体内時計が存在することが分かっています。

へえー!時計を見なくても身体は起きたり寝たりする時間が分かるのですね。
そうすると、体内時計を研究すれば睡眠の仕組みなどが分かるのでしょうか?
私は夜眠れないことが時々あるので、不眠が治るとありがたいのですが…

そうですね。体内時計の研究は睡眠の制御に直結するので、睡眠障害の治療法の開発に繋がっていきますね。また、睡眠の他にもうつ病などの精神疾患、代謝や免疫、呼吸器などの疾患も体内時計と深く関わっていることが知られています。例えば、風邪をひいて咳き込んでいるときに、夜につらい思いをしたことはありませんか?これは、体内時計の制御によって夜に気道が狭くなることも一因です。

体内時計の仕組みが分かって研究が進めば、病気の治療にも応用されるのですね。
そういえば、先生は大学で研究される前は製薬会社で薬の開発を行なっていたとお聞きしました。農学部では、薬に関わる研究も行っているのでしょうか?

はい、私は8年ほど製薬会社に勤め、創薬や臨床研究に携わった後、大学に戻って体内時計の基礎研究を再開しました。会社では疾患の治療薬を開発するための研究を行っていましたが、大学では生物の仕組みを解明して薬の開発に繋がる原理を見出すための研究を行っています。どちらも重要な研究ですね。これまでに大学で一緒に研究してきた学生たちの中には、卒業後に企業の研究開発で活躍している人も多くいます。農学の研究対象はとても幅広く、基礎的な生命の理解とともに、応用を考えた研究も進めることができますね。

~体内時計を分子の言葉で理解する~

体内時計の仕組みはどこまで分かったのでしょうか?

1984年にショウジョウバエを用いた研究から”Period”という体内時計の仕組みを担う重要な遺伝子が見つかりました。この時計遺伝子はその後、哺乳類、菌類、植物、藍藻でも続々と発見されました。時計遺伝子の機能が障害されると、その個体では一日のリズムを示さなくなったり、体内時計の周期が変化してしまいます。私たちは最終的にはヒトの応用研究に役に立てたいと思っているので、ハツカネズミやカリフォルニアマウスなどを用いて哺乳類の体内時計の仕組みを中心に研究しています。

時計遺伝子ですか…  確か、遺伝子はメッセンジャーRNAにコピー (転写) され、それを元にタンパク質が合成 (翻訳) されるんでしたよね。そのタンパク質が時計の部品だったということでしょうか?

はい、その通りです。時計遺伝子が合成するタンパク質の多くは、遺伝子の転写を調節する機能を持つものが多いことが分かってきました。そして時計遺伝子Period は、タンパク質に翻訳された後に自分自身の転写レベルを抑制することが解明されました。これにより、Period遺伝子の発現レベルは24時間周期で増減を繰り返すことになり、これを「転写翻訳を介したネガティブフィードバックループ (転写ループ)』と呼びます。この「転写ループ」は、概日リズムを生み出す重要な仕組みであることが分かってきています。つまり、生物が示す24時間周期の生理機能のリズムは遺伝子の転写リズムによって生成されるのです。

なるほど。時計遺伝子の発現が増えたり減ったり繰り返すことで一日の時間が決まる、というわけですか。きっちり24時間を繰り返すなんてよくできた仕組みですね。

私たちの研究ではまさにそこに着目し、時計遺伝子がどのように24時間の周期を維持しているのかを調べてきました。そして、時計を理解する上で重要な性質である『温度補償性』に着目しました。温度補償性とは、体内時計が外界の温度に依存せずに一定の周期を保つ性質のことです。この性質によって、体内時計は暑い日でも寒い日でも、変わらずに正確に24時間を刻むことができます。ただ、化学反応や生化学反応で構成されているはずの体内時計が、なぜ一定の周期で刻まれているのかは謎でした。化学反応は、温度が10度上昇すると、化学反応の速度は2~3倍になるのが一般的だからです。

確かに、不思議ですね。今の説明を聞くと、暑い日は体内時計が加速して一日が早く終わってしまいそうな気がします。

この謎を解くために私たちは、人の手で培養された細胞にも体内時計が存在することに着目しました。動物個体は器官や組織が複雑に組み合わさっているのに比べて、培養細胞は単純で分子レベルでの仕組みの研究が容易にできます。私たちは培養細胞にいろいろな薬剤を投与し 、温度補償性に影響を及ぼす要因を探索しました。その結果、細胞内外のCa2+の輸送を阻害する薬剤を与えたときに転写ループが温度補償性を示さないことを見出しました。一般的に細胞内のCa2+イオン濃度は低く保たれていて、刺激を受けると外からCa2+が流れ込んで濃度が一時的に上昇し、これを引き金に一連の反応が起きて細胞の応答が起きるのですが、刺激の有無(シグナル)を細胞内Ca2+濃度の増減が伝えるのでこれを「Ca2+シグナル」と呼びます。私たちの結果はこのCa2+シグナルが温度補償性の鍵となることを新たに示したのです。さらに研究を進めると、低温では細胞内Ca2+シグナルが活性化することが分かりました。つまり、低温では転写ループの振動が本来は減速するのですが、細胞内Ca2+シグナルによって加速されることで速度変化が相殺され 、結果的に周期が一定に保たれていることが分かったのです。

Ca2+シグナルのおかげで温度が変わっても体内時計を一定にできているのですね。
私たちの身体の中でそのような緻密な仕組みが働いているとは驚きです!
Ca2+シグナルによる体内時計の調整についてもう少し教えて頂けますか?

私たちの研究グループは2014年にCa2+/カルモジュリン依存性キナーゼII (CaMKII)という酵素が、時計遺伝子を制御することを発見しました1)。CaMKIIはかつて利根川 進先生 (日本人で初めてノーベル生理学・医学賞を受賞) が、記憶や学習に関わる酵素として報告したことで有名です。そして、この酵素を低温において活性化するのが Na+/Ca2+交換輸送体 (NCX) というタンパク質であり、心臓の収縮などにも関連するとても重要なものです2-4)

体内時計に関わる重要なタンパク質は、記憶や心臓にも関わっているのですね。なんだか不思議です。

そうですね。生物というものは限られたタンパク質をさまざまな生理機能に流用しています。特に、Ca2+シグナルはあらゆる生理機能に関わっています。例えば、こうやって話をする際にも、耳で音を聞いたり、目で光を感じたり、声を発するために筋肉を動かしたりしていますが 、このような細胞の活動にもCa2+シグナルが関わっています。

なるほど、Ca2+シグナルはいろいろな機能にかかわるのですね。ところで、先ほどのお話では、動物だけでなく植物や微生物でも時計遺伝子が見つかっているとのことでしたが、全く異なる生き物の間でも同じような仕組みが働いているのでしょうか?

良い着眼点ですね。Ca2+シグナルをはじめ、生物種を越えて共通した仕組みが存在していて、このことは生き物の進化を考える上でとても重要です。ある機能が異なる生物種の間でも保存されているということは、進化的に古いということを意味しています。進化論の父ダーウィンは、すべての生物種は共通の祖先から長い時間をかけて進化した、と予測しましたね。例えば 、DNAを構成する塩基はアデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類ですが、これは、地球上の生物種で保存された共通ルールです。つまり、生物の共通祖先は4種類の塩基を用いたDNAを遺伝物質として使用していたと考えられるわけです。現生する全ての生物の共通祖先はLast universal common ancestor (LUCA) と呼ばれたりもしますね。LUCAは40億年前に海底の熱水孔のようなところに誕生したのではと想像されています。重要なことは、Ca2+シグナルもすべての生物種で保存された細胞内シグナルであること、そして、私たちが見出した時計因子NCXは現生のすべての生物種に存在する遺伝子であるということです。

なんと!40億年前の祖先から受け継がれた遺伝子ですか… すると、体内時計は生命の共通祖先から受け継がれたのでしょうか?

その可能性もありますね。それを解明するために私たちは現在、マウスやショウジョウバエ、植物、藍藻など、幅広い生物種を用いて体内時計におけるCa2+シグナルの役割を研究しています。そのような種間比較を行うことで保存性を確認し、共通祖先の仕組みを探ろうとしているのですが、その研究の中で面白いことが分かってきました。NCX遺伝子は、もともと温度補償性に関わる因子として発見していましたが、NCXに障害を持つショウジョウバエを用いて一日の活動を記録してみると、予想外の発見があったのです。通常のショウジョウバエは24時間周期で規則正しく行動するのに対し、NCX変異体では四六時中活動していて、24時間周期が乱れるどころか行動の概日リズムそのものが消失することが分かりました。つまり、NCXはショウジョウバエにおいて温度補償だけでなく、行動リズムを生み出す仕組みそのものに深く関与しているのです。こういった発見をしたときには、本当に感動しますね。

体内時計が無くなって寝れなくなってしまうとは驚きです。

先にお話した転写ループを構成する転写因子は、動物や植物、細菌の間ではほとんど構造が似ていません。そのため少し前までは、動物や植物、細菌の間で、体内時計は独立に進化したと考えられてきました。ところが、Ca2+シグナルに関わるNCXは体内時計の部品として生物種を超えて共通して機能することが分かりました。そのため私たちはCa2+に基づく祖先的な時計が存在し、生物種が分岐して進化した後に転写ループが誕生したのではないかと考えています。

なるほど。それはすごいお話ですね。NCXの発見は新聞記事などのメディアにも取り上げられていましたね2)。今後、先生の研究はどういった方向に進むのでしょうか?

体内時計の研究で最も重要なことは、やはり、どのようにして生物が内在的に24時間の周期を刻んでいるか?ということだと考えています。先にお話した転写ループは、確かに24時間周期のリズムを生み出すには大事なのですが、それ単独で自律的な振動を生み出すことができるのかは未だに証明されていません。私たちは今、転写ループはCa2+シグナルの制御によって駆動されていることを見つけたところですので、むしろCa2+による祖先型の時計が自律振動の鍵を握っているのではと考えています。実際に、哺乳類や昆虫、植物では、細胞内のCa2+イオンが概日リズムを示すことが知られています。また、最新の研究成果から、哺乳類の細胞において転写ループが存在しない状況下でも Ca2+イオンが概日リズムを示すことが分かってきています。ここから、概日リズムの源流は、概日性Ca2+リズム、すなわち『カルシウムクロック』ではないかと考えており、それがどのようにして回っているのかを理解することが重要と考えています。

『カルシウムの時計』、面白いですね。私たちの体内時計は、実は遠い祖先から受け継がれてきたものなのですね。生命の起源の理解や、薬の開発にも繋がる原理の発掘は、とてもワクワクします。ぜひ、今後も面白い研究成果を聞かせてください!

はい、喜んで。ぜひまた聞きに来てください。ありがとうございました。

 

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参考文献

  1.  カルシウムによる体内時計調節を解明
    (サイエンスポータル記事 2014.05.19)
  2.  カルシウムイオン制御タンパク質が体内時計の重要部品だった
    (サイエンスポータル記事 2021.05.11)
  3.  金 尚宏,榎木 亮介. (2023)
    概日時計の温度補償性とCa2+シグナルの役割.
    低温科学 81, 109-117.  (
    日本語解説記事)
  4. Kon N, Wang HT, Kato YS, Uemoto K, Kawamoto N, Kawasaki K, Enoki R, Kurosawa G, Nakane T, Sugiyama Y, Tagashira H, Endo M, Iwasaki H, Iwamoto T, Kume K, Fukada Y. (2021)
    Na+/Ca2+ exchanger mediates cold Ca2+ signaling conserved for temperature-compensated circadian rhythms.
    Science Advances 7, 8132  (英語原著論文)