耕地情報利用研究室 村瀬 潤

「未知なる宝庫~土壌微生物~」

土壌微生物を研究されている村瀬 潤 先生にお話しを伺いました。

初歩的なことで恐縮ですが、「土壌」も「微生物」も、言葉としては知っていても正直具体的な対象が余りピンときません。まず、「土壌」について少し教えて頂けますか?

そうですね、高校までの授業では土壌のことをほとんど学ばないので無理もありません。岩石が細かくなったものが土壌と思っている人も多いと思いますが、それだけでは不十分です。土壌とは、鉱物や無機物以外にも有機物、水、空気、そして生物など様々な要素を含み、それらの要素が長期間-百年~千年単位-にわたる相互作用の結果出来上がった複合体のことを指します。「土」は「土壌」と同じ意味でも使われますが、鉱物・無機物だけをイメージして使われることもあります。

なんだか小難しいですが、「土壌」は様々な要素を含んだ複合体で生物も土壌の一部に含まれる・・・ということでしょうか。つまり「土壌微生物」は土壌に含まれる微生物でしょうか?

その通りです。念のため簡単に説明すると、微生物(英語ではmicroorganisms)とは、肉眼では見ることのできない生物の総称です。”micro”ですので、大きさがおおむね1mmよりも小さい、マイクロメーターサイズの生き物を指します。土壌微生物は土壌に生息する微生物ということになりますが、細菌、糸状菌(カビ)、原生動物・センチュウなどの小型の動物などがそれにあたります。あまり馴染みがないかもしれませんが、細菌とは似て非なる古細菌(アーキア)も土壌に生息しています。微生物の数や種類は土壌によってまちまちですが、ティースプーン1杯分(1g)に世界人口を超える数の細菌が住み、総距離1kmにも及ぶカビの菌糸が張り巡らされている土壌もあるんですよ。

うわっ、そんなに沢山!?目に見えなくてよかったです(笑)。「菌」と聞くと「バイ菌」のイメージしかないのですが。

土壌に住んでいる微生物の中には、確かにヒトに感染増殖すると病気を起こすものもいます。植物に感染して病気を引き起こす土壌伝染性植物病原微生物は、農業関係者にとっては特に心配の種です。ただ、そうした「悪玉微生物」は土壌微生物の中のほんの一握りで、大部分は病気とは無関係、むしろ植物の生育やヒトの生活、地球環境の保全にとって欠かせない微生物も数多く住んでいます。何より、土壌微生物の99%以上がまだ分離されたことのない未知の生物であり、土壌微生物は「未開発の遺伝子資源の宝庫」としても注目されています。ノーベル賞科学者の大村智先生(北里大学)がゴルフ場の土壌から新しい抗生物質を生産する微生物(放線菌)を発見したのは有名な話ですね。私も、土壌から新種のアメーバ(右写真)を分離・報告したことがあります。今のところ特殊能力は見つかっていませんが(笑)。

悪い「バイ菌」はごく一部で、土壌微生物の大半は不可欠な存在な上に、可能性に溢れた宝の山、という感じなのですね。逆に見たくなってきました(笑)。村瀬先生が目に見えない土壌の微生物に興味を持ったきっかけは何ですか?

土壌は食料生産の基盤であり、例えば今後植物工場が発展してもそれだけで世界の人口を養うことは不可能です。土壌には、植物の栄養を保持し、必要に応じて供給する能力があります。また、土壌は有機態炭素の最も大きな貯蔵庫であるとともに温室効果ガスの生成と消費、そのどちらにも関係しているという点で、最近ますます注目される地球環境問題の中で、鍵となる生態系でもあります。私は学生の時「生命の基盤」としての土壌に関心を持ったのですが、土壌自身が1つの生命体であり、微生物が土壌の本質を担っていることを知って、それ以来土壌微生物の生態や機能に興味を持ち研究を行っています。

なるほど。環境問題というと植物や動物に目が行ってしまいがちですが、それらを支える基盤たる土壌も大事ということですね。研究としてはどのようなことをされているのでしょうか?

主にイネを育てる水田を対象としています。昔から「イネは地力でとる」と言われ、水田は特に土壌肥沃度が高く、イネを育てる力に優れていることで知られています。そして水田に住む微生物がイネの高い生産性に大いに貢献していると考えられています。根は植物と土壌の微生物とが最も密接に関係する「ホットスポット」であり、ヒトの腸内微生物と同じく、根の周り(根圏)の微生物が植物の健康や生育を左右すると想定されているのですが、その実態は十分に分かっていません。土壌に水が張った状態の水田土壌は酸素不足になりがちという特徴があり、逆にそれが水田の微生物、ひいてはイネの生育にとって重要な意味があると想像できます。私たちは、イネ根圏微生物の種類や機能、イネの生育に与える影響を解明することで土壌微生物からみたイネの高い生産性の秘密を探り、それを利用することを目指しています。

普段食べているお米を育てる水田がそんなに特別な土壌だとは知りませんでした。美味しいお米を食べられるのは土壌の微生物のおかげでもあるんですね!水田の土壌微生物はどのようにイネの生育に役立っているのでしょうか?

かなか難しい質問ですね(笑)。土壌微生物は非常に多様で一言でお答えするのは難しいですが、例えば、窒素やリンなどイネが吸収する栄養分の多くは水田土壌の微生物のはたらきにより共有されます。また、土壌微生物の役割を考えるには相互の関係性も重要です。私が特に興味を持っていることは、土壌の微生物食物連鎖です。土壌微生物のなかで最も多様な役割を果たしているのは細菌だと考えられているのですが、その細菌を捕食する微生物、原生生物(原生動物)が水田には多く生息します。原生生物の捕食は餌となる細菌の数を制御するだけでなく、細菌群集の種類や多様性にも影響を与えます。細菌側も捕食によって逆に元気になるものや、様々な戦略で捕食から逃れるものもいます。また植物は原生生物の「排泄物」を利用することで生育が向上することが知られています。私たちは、土壌の中での微生物の食う・食われるの関係が、土壌機能にとって鍵になる役割を果たしているのではないかとの発想で、水田土壌の微生物食物連鎖について研究しています。

目に見えない生き物たちの食うか、食われるかのせめぎ合いが結果的にイネの生産を助けるわけですね・・・。ところで、目に見えない上に、99%以上が未知の土壌微生物達をどうやって研究しているんですか?

土壌に生息する微生物をすべて培養・分離することは極めて困難です。そこで、土壌から直接抽出したDNA, RNA “環境DNA(RNA)”を解析することで個々の生物ではなく、集団としての土壌微生物の数や多様性を調べます。近年では塩基配列情報を大量に取得する技術が急速に発展しており、土壌に生息する微生物集団の遺伝情報を詳細に調べることができるようになりました。また、特定の機能を発揮する微生物を選択的に解析する手法も発展してきています。例えば、水田は温室効果ガスであるメタンの重要な発生源の1つですが、我々のグループでは、安定同位体標識したメタン(13C-CH4)、つまり目印をつけたメタンを追うことで 実際に水田土壌でメタンを分解(酸化)・利用する微生物を明らかにすることができました。

環境DNAや選択的な解析によって目に見えず、わからないことだらけの土壌微生物でもどんどん明らかにできるのですね!

そうですね。最近の解析技術の進歩は本当に素晴らしいです。しかし、土壌の遺伝情報だけで土壌微生物の生態がすべて分かったとは言えません。微生物食物連鎖はその典型で、私たちが環境DNA(RNA)を用いて調べた細菌群集の姿は捕食者の影響を受けたものであり、実際に活躍していた細菌は捕食によってほとんど失われているかもしれないという証拠を得つつあります。微生物を分離し、その特徴を明らかにしていくことは、それぞれの細菌の性質や機能、土壌中での微生物同士の相互作用を知るために欠かせません。そこで、環境DNA(RNA)から得られる多くのヒントを活用しながら、人類が未だ手にしたことのない微生物を培養し、個別に明らかにしていくという努力も続けています。

普段気にしたことのない土壌の中で、目に見えない微生物がヒトや地球環境にとって重要な役割を果たしていたり、微生物同士が影響しあっていたりするなんて、思ってもみませんでした。

微生物というのは、動物や昆虫、魚、植物と違い、小さいころから馴染みのある生き物ではありませんよね。よくわからない分、一方的に毛嫌いされてしまうこともあります。微生物は、地球誕生後6-8億年から今までずっと命をつないでおり、その多様な進化の様は地球の歴史そのものとも言えます。知らないから恐れる「お化け」ではなく、知って得する「地球の大先輩」だと思ってくれれば嬉しいです。