ゲノム・エピゲノムダイナミクス研究室 一柳健司

生殖細胞のエピゲノムからゲノムの維持機構を理解する

エピジェネティクスについて研究されている一柳健司教授(ゲノム・エピゲノムダイナミクス研究室)に聞いてみました。

まず、基本的なところから聞いてみたいと思います。ゲノムという言葉は聞いたことはありますが、きちんと説明しろと言われると自信がありません。どういうものなのでしょうか?

ての生き物は細胞から出来ていて、その細胞の機能の大部分はタンパク質の働きによります。どのようなタンパク質を作るのかは「遺伝子」と呼ばれるものに指令されます。遺伝子の物質的実体はDNAというポリマー分子で、その繰り返し単位をヌクレオチドと言いますが、それらの塩基部分の並び方(塩基配列)によってどのようなタンパク質を作るのかが決まります。例えば、ヒトは数万個の遺伝子を持っており、それらをまとめてゲノムと言います。もう少し正確に言えば、細胞が分裂する時や個体が子孫を残す時に同じ塩基配列を持つDNAポリマーが複製されて受け継がれますが、このようにして受け継がれるDNAの総塩基配列、それがゲノムです。ゲノムは生物を作る説明書といってもよく、生物種ごとに違います。

ヒトもイネもDNAを説明書として使っているのに同じじゃないのは、DNA分子の塩基配列が違っていて、ゲノムに含まれる遺伝子が違うからというわけですね。例えば英語ならば、同じ26種類のアルファベットを使って、スマホ用、テレビ用など異なる説明書を書けるのと似ていますね。さて、エピゲノムという言葉はあまり聞いたことがないですが、これはどういうものですか?

エピゲノムはエピジェネティクスという用語から派生したものなので、まずはエピジェネティクスを簡単に説明します。

ゲノムに含まれる個々の遺伝子はいつでも機能しているわけではありません。それぞれの遺伝子は、いつ、どこで機能するかが適切にコントロールされています。例えば、ヒトの体には200種類以上の細胞がありますが、どの細胞も持っているゲノム配列は同じです。でも、神経細胞、筋肉、白血球、小腸の上皮細胞など、それぞれが多様な形状・機能を持っています。これは細胞ごとに機能している遺伝子が異なるからです。

各細胞はDNAやヒストン(DNAと結合しているタンパク質)の化学修飾(メチル化、アセチル化など)を使って各遺伝子を制御しています。これらの化学修飾は遺伝子の配列情報を変えずに、その遺伝子を使うのか、使わないのかを指令する働きがあります。このような遺伝子の制御機構をエピジェネティクスと言います。ある細胞で、DNAポリマー上のどの部分でDNA本体やヒストンが化学修飾されているのか、という全部の情報を合わせたものをエピゲノムと呼びます。細胞種が異なると、エピゲノムも異なります。

説明書で例えると、エピゲノムは、しょっちゅう読む重要なページや逆に読む必要がないページに色付き付箋などで目印をつけられたもの、ということですね。それが細胞ごとに異なることで、ひとつの説明書で多様な細胞を作り出している。では次に、一柳先生が生殖細胞に注目されている理由を聞かせてください。

私たちの体には200種類以上の細胞があるといいましたが、極言してしまえば2種類しかありません。「生殖細胞」か「それ以外」かのどちらかです。「それ以外」は体細胞と呼ばれます。生殖細胞は配偶子になる細胞です。配偶子は受精して、ゲノムDNAを受け渡し、新たな個体を作り出して命を繋ぐ重要な役割を持っています。

ところで、ゲノムの配列は突然変異と呼ばれる現象で稀に変化します。体細胞で生じた変異はその個体の性質に変化をもたらすことがありますが、その変異は次世代には伝わりません。一方、生殖細胞で生じた変異は子供に伝わり、さらに孫、曽孫、曽々孫、、、と伝えられていきますので、「生物種」の集団の性質を変える可能性があります。そういう変異こそが進化の原動力なのですが、基本的には次世代に正しく遺伝情報を伝えるためにゲノムを変化させないことの方が重要です。そういうわけで、私たちは生殖細胞においてどのようにゲノムの突然変異を防いでいるかに着目しています。

生殖細胞がそれぞれの生物種のゲノム情報を維持しているのですね。生殖細胞においてゲノム情報の維持機構がはたらかず、デタラメだと、トンビがタカを生むというか、子供が親とは異なるものになりそうですね。

あまりにもゲノム情報を維持できないと、個体ごとに変化が多すぎて生物種を維持できないでしょうね。ですので、ゲノム情報はかなり忠実に維持されているのですが、皆さんご存知のように、親子でも違いはあります。その理由のひとつは、同じ遺伝子でも個体ごとに塩基配列のちょっとしたバラエティーがあるからです。両親はそれぞれバラエティー(祖先から脈々と受け継がれてきた変異)を持っていて、それが合わさる子供のゲノムでは、変異の組み合わせが両親と異なります。もうひとつの理由は、親の生殖細胞でゲノム維持機構を逃れて生じた新たな突然変異が子に受け渡されることがあるからです。突然変異には色々なものがありますが、私たちはトランスポゾンというものに注目しています。

今度はトランスポゾンというキーワードが出てきました。トランスポゾンとは何ですか?

ゲノムは遺伝子の集合体という話をしましたが、ゲノムの中は遺伝子として機能している部分の方が少ないくらいで、遺伝子ではない領域が多くあります。このような領域にはトランスポゾンと呼ばれる配列 が多く含まれています。トランスポゾン配列には幾つかのタンパク質がコードされていて、そのタンパク質はトランスポゾンDNAをゲノムの別の場所に挿入して、コピー数を増やす活性を持っています。ヒトゲノムでは半分近くの領域がトランスポゾン配列に由来します。他の哺乳類でもゲノムには多くのトランスポゾン配列が含まれます。トランスポゾンは単にゲノムの別の場所にコピーされてその数を増やすだけではなく、遺伝子の発現制御などの機能を持つものが多く見つかっています。私たちの研究室でも、トランスポゾンが転移することによって個体集団内に遺伝子発現状態の多様性が生じていることを見つけました。

トランスポゾンによりゲノム配列の多様性が生まれ、進化の原動力にもなっているわけですね。

しかし、先ほど正しく遺伝情報を伝えるのが重要と言ったように、トランスポゾンの転移は負の影響が出ることも多いです。遺伝子の中にトランスポゾンが転移することがあるからです。遺伝子は塩基配列の並びによってタンパク質の性質(正確にはアミノ酸配列)を指令しますから、その途中にトランスポゾン配列が挿入されると、遺伝子は意味のないものになってしまいます。ヒトでもこのようなトランスポゾン挿入が原因になっている遺伝病がいくつも知られています。

トランスポゾン転移は遺伝子を潰し負の影響を生じさせかねないとはいえ、ゲノム中に非常に多く存在するというのは生殖細胞で転移して、子孫に伝わってきたからからじゃないのですか?

はい、そうです。生殖細胞で転移して次世代に伝えられるか、受精直後に転移して、転移が起きた細胞が将来、たまたま生殖細胞に分化して次世代へ伝えるかです。どちらにしても転移頻度を低くできた方が変異による悪影響を避け、次世代へ正しい遺伝情報を伝えていけるので生物にとっては良いですよね。トランスポゾンが転移するにはトランスポゾンDNA配列が転写されてRNA分子が合成される必要があります。そのため、多くの細胞ではトランスポゾン配列に転写反応を阻害するタイプの化学修飾がDNAやヒストンに施され、転写が起きにくくなっています。つまり、エピジェネティック修飾によって転写抑制されています。

なるほど。トランスポゾンが転写されないことには転移反応は起こらないので、そこを狙い撃ちにしているわけですね。その仕組みとして、遺伝子の発現制御に使われているDNAやヒストンの化学修飾を利用しているというのは面白いですね。生殖細胞でも同じメカニズムが使われているのですよね?

そうなのですが、少しややこしいです。私たちは哺乳類の研究をしていますが、哺乳類の生殖細 胞はお母さんのお腹の中にいる時に体細胞から分化して出現します。その後、精巣や卵巣に定着して成熟していき、やがて減数分裂という特殊な細胞分裂を行って卵子や精子になります。胎児期に生じた生殖細胞(始原生殖細胞)はゲノム全体のDNAメチル化量を激減させることが知られています。なぜなら、体細胞では減数分裂に関わる多くの遺伝子がDNAメチル化によって強い転写抑制を受けているのですが、生殖細胞にはこれらの遺伝子群の機能が必要になるからです。始原生殖細胞も元は体細胞だったわけで、これらの遺伝子群のDNA は当初はメチル化されています。そこでゲノムDNAを全体的に脱メチル化して、丸ごと遺伝子全体のロックを一旦解除し、減数分裂を行えるようにします。DNAメチル化はトランスポゾンの転写抑制にも関わると言いましたが、始原生殖細胞ではトランスポゾン部分のDNAメチル化もなくなります。

生殖細胞が機能するにはDNA脱メチル化は避けて通れないけど、そうするとトランスポゾンの転写活性化も起こる。生殖細胞はトランスポゾンとの戦場なのですね。トランスポゾンの転移はどのように防がれているのでしょうか?

動物の生殖細胞では、piRNAと呼ばれる小さなRNA分子が産生されています。哺乳類では、始原生殖細胞から前駆精原細胞(オス)や卵母細胞(メス)に変わる頃から産生が始まります。piRNAの配列はとてもバラエティーに富みますが、トランスポゾンと相補的な配列を持っているものが多く、相補性を利用してトランスポゾンRNAを見つけ出して切断を誘導する機能があります。RNAが切断されるとトランスポゾンの転移も抑制されます。また、piRNAは相補性を利用してトランスポゾンDNA領域を探し出す機能もあり、この場合、DNAメチル化を誘導して転写抑制に関わります。piRNA産生に関わるタンパク質が機能できない変異体マウスではトランスポゾンの転写が活性化し、オスは減数分裂が途中で止まって不妊になります(不思議なことにメスは妊性のある卵子を作れます)。

piRNAというトランスポゾンの活動を抑制する特効薬のようなもので、DNAの脱メチル化を避けらない時期を乗り切るわけですね。

はい、加えて出生後の生殖細胞でのトランスポゾン抑制にはDNAメチル化も必須です。前駆精原細胞の時期にゲノム全体にわたってDNAメチル化が導入されますが、これを行えない変異体マウスはトランスポゾンDNAの低メチル化による転写活性化が起きて、オスでは出生後に始まる減数分裂が途中で止まってしまい、不妊になります。私たちの研究室では、piRNAやDNAメチル化がどのような時期にどのような機構で働いているのかについて、色々な遺伝子の変異体(ノックアウトマウス)を使って研究しています。

これまでにどのようなことが分かってきているのでしょうか?

これまでに、私たちは前駆精原細胞の時期ではトランスポゾンの抑制にはpiRNAがトランスポゾンRNAの切断を誘導することが重要であることを明らかにしました。また、前駆精原細胞の時期にDNAをメチル化できないと、その時期はトランスポゾンを抑制できるけど、その後、幹細胞として増殖している時期(精原細胞)から減数分裂を行う時期(精母細胞)にかけて徐々にトランスポゾンの発現が上昇し、減数分裂がストップすることを明らかにしました。さらに、あるヒストンのメチル化が減少する別のノックアウトマウスでもトランスポゾンが転写活性化し、減数分裂が停止することを明らかにしました。

生殖細胞の発生過程では、piRNA、DNAメチル化、ヒストンメチル化がそれぞれ作用することでトランスポゾンが抑制されているのですね。

はい、その通りです。しかも、発生段階によって、どの抑制システムを使うかが異なっています。どうしてなのかはまだ突き止められていないのですが、とても興味深いと思っています。さらに言えば、トランスポゾンは実は何百種類もあってそれぞれ配列が異なるのですが、種類によって、どの抑制システムによって抑えられているかも違っています。どの抑制システムがどのトランスポゾンの担当に割り当てられるのか、その法則性はまだ分かっていません。

また、これらの変異体ではどれも減数分裂が途中で止まってしまうのですが、エピジェネティック修飾の異常やトランスポゾンの活性化がどのようなメカニズムで減数分裂の進行を邪魔するのか、今後、明らかにしていきたいと思っています。

生命現象としてとても興味深いですが、私がこれまで考えてきた一般的な農学部とのイメージとは少し毛色が違うように感じました。もっと家畜や作物の生産に直結するような研究が農学部では多くなされていると考えていました。このような研究を農学部でされているのは何故ですか?

私たちの研究はすぐに社会に応用できるものではないと考えています。では、なぜそういう研究を農学部でしているのかと言えば、農学分野でも基礎研究は大事だと考えているからです。基礎研究の成果の大きな蓄積があるからこそ、その後、目的志向性の高い研究から技術革新が生みだされます。現代の農作物の品種改良技術にも基礎生物学の研究成果がふんだんに使われています。こういう基礎研究を大事にする精神が名大農学部の中に育まれています。

大学は学問を行うところでして、その学問を駆動する大きな力は研究者の「不思議だと思う心」と「それを理解したいという欲求」です。ですので、この2つをかき立てるテーマを研究しています。そうやって行った研究が、最終的に何かの役に立てばいいと思っています。なお、「役に立つ」というのも色々あって、物質文明の中で役に立つものもあれば、精神文化の中で役に立つものもあります。例えば、20世紀以降の基礎生物学の成果は、医療や農業の発展に貢献しているだけでなく、生物の仕組みの理解を通して私たちの生命観にも大きく影響しています。

最後に、高校生にメッセージがあれば教えてください。

乳幼児を見ていると分かりますが、ヒトは生まれながらにして強い知的好奇心を持っています。不思議だと感じるものがあり、その仕組みが「おお、そういうことか」と理解できると、大抵の人は「面白い!」と感じるはずです。大学での研究はそのような「不思議」について科学的な技法を使って調べ、その成果を人類の知識体系にしていくプロセスですので、やっていてすごく面白いです。生物でも物理でも経済でも地理でも、その人が興味を持つものなら、研究は面白いと感じると思います。また、研究は自分の思考力を磨く最も効果的な学習法でもあります。大学では多様な研究が行われているので、是非、入学したら研究を経験して欲しいと思います。

なお、高校の段階では、自分が何に興味があるのか分からなくても全く構いません。高校までの限られた情報だけで何かを無理に決めなくてもいいでしょう。今はなんとなく歴史が好きとか、なんとなく気候問題が気になるとか、その程度で良いと思います。むしろ、一つに決めず、いろいろなことに触れてみるのがいいでしょう。その後、大学・大学院で勉強していくうちに視野が何倍も何十倍も広がります。それぞれ項目の理解も格段に深まります。その時に、表面的ではない深いところで「面白い!」と感じる何かに出会うことがあると思います。ただ、こういう運命的な出会いは待っていても向こうからは来てくれないので、出された課題をこなすのではなく、主体的に考えたり調べたりする姿勢が大事です。