生物産業創出研究室 野田口理孝

”接ぎ木”の研究で、植物の仕組みを学び、農業に貢献する

野田口 理孝 准教授*(生物産業創出研究室)にお話を聞いてみました。
※2023年4月より生物機能開発利用研究センター特任教授

まず、接ぎ木についての説明をお願いします。

接ぎ木は2種類の植物の茎を切って1つにつなげる技術で、植物が傷を治す修復能力を利用してつなげています。苦味を含み虫や病気がつかない根に、甘い果実をつける枝を接ぎ木することで、病虫害に負けずに美味しい果実を育てることができます。このように、片方の植物の良い特徴と、もう片方の植物の良い特徴を、同時に発揮させることができるのが接ぎ木です。接ぎ木しても、それぞれの植物の遺伝情報は変わりませんので、生態系に及ぼす影響やリスクも抑えることができます。また、植物の生育・栽培には土壌微生物の存在が重要ですが、接ぎ木によってそうした微生物との共生関係を有効に利用することもできるのではないかと考えています。このような接ぎ木は、植物を栽培する有効な手段として、2000年以上も前から世界中で行われています。

2000年も前から!植物の良いとこ取りができる上に、生態系への影響も少ないなど非常に魅力的な手法なのですね。野田口先生も接ぎ木の研究を志して大学へ入学されたのでしょうか?

いえ、はじめから接ぎ木の研究をやろうと思っていたわけではありません。接ぎ木はあくまで実験手法の1つでした。大学院生の頃に、当時はまだ実体が明らかでなかった花成ホルモン「フロリゲン」の実体解明に取り組んでいました。花を咲かせる時期を制御できる花成ホルモンの研究は、実用面からも意義が大きく、半世紀以上にわたり盛んに研究が行われていました。当時研究室では、FT遺伝子にコードされるタンパク質がそれらしいことを突き止めていました。私は最後の証明として、FT遺伝子の変異体、つまりFTタンパク質が作れない植物体と、FTタンパク質を作れる正常な植物体を接ぎ木して、変異体が早く花を咲かせるように回復すること、同時にFTタンパク質は正常な植物体から変異体まで運ばれることを示しました。それまで植物の情報伝達は植物ホルモンなどの低分子が中心であると考えられていたため、タンパク質のような巨大な分子が運ばれていることは驚くべき発見でした。これが私と接ぎ木の出会いでした。

なるほど、植物の情報伝達を確かめる方法として接ぎ木を取り扱っていたのですね。情報の伝達というと動物の神経や血流のような仕組みが思い当たるのですが、植物にも似たような仕組みがあるのでしょうか?

大学院生の頃から「植物は動物のような神経系を持たないが、生体内で情報を統御する機能を持たなければ1つの個体として適切に生きていけないから、必ずそれに代わるシステムがある」と考えるようになりました。フロリゲンは1つの例で、植物の体内を根から葉、あるいは葉から花へなど全身を移動する分子群が、個体全身の統御を担っているに違いないと考えたのです。花が咲くのに十分なサイズまで成長したら花を咲かせたり、虫が葉をかじったら虫除けになる物質を出したりするなど、「人間と同様に多細胞生物である植物にも必ずスマートな情報伝達システムが進化してきたはずだ」と仮説を持ちました。

大学院で博士号を取得した後に、篩管の物質輸送の研究をリードしていた米カリフォルニア大学に移り、さらに研究に磨きをかけることにしました。今では、植物の個体内では、タンパク質と並んでその合成元となるRNAも篩管を通って運ばれていることが見つかり、植物は周囲の環境を知覚しながら、全身の成長を上手に制御して繁殖していることが分かってきています。

植物もタンパク質やRNAを体内で輸送することで、環境に合わせて成長を制御しているのですね。ところで、現在の接ぎ木の研究に植物の情報伝達はどのように関わってくるのでしょうか?

それまでの個体内の情報伝達の研究で偶然に”遠縁の接ぎ木”に出会いました。接ぎ木は近縁な植物間でしかつながらないという一般的な法則があります。2種類の植物をつなげるわけですから、似たシステムをもった仲間同士でないと組織がつながらないことは容易に想像がつきます。しかし研究を進める中で偶然に、タバコ属植物(タバコの仲間)がモデル植物のシロイヌナズナと接ぎ木できることを見つけ、これが驚異の発見の始まりでした。タバコ属植物はナス科の植物で、シロイヌナズナはアブラナ科の植物ですので、両者は遠縁な植物となります。この奇跡は”遠縁の接ぎ木”、どのくらいの植物まで起こせるのだろうと考え、タバコ属植物を他のアブラナ科植物である野菜類のブロッコリーやキャベツと接ぎ木してみました。すると、つながることが分かったので、さらに他の野菜類はどうかとマメ科やウリ科の植物とも接ぎ木してみました。すると、なんとそれらの植物ともつながり、最終的には被子植物のうち38科73種の植物と接ぎ木できることが分りました。タバコ属植物は驚くべ接ぎ木能力を持っていたのです。

タバコ属植物にそのような能力があったとは驚きですね!なぜそのような優れた接ぎ木能力を持っているのでしょうか?

広く遺伝子の働きを調べるなど分子生物学や細胞形態学の解析を行うと、タバコ属植物の発揮する優れた能力が見つかってきました。その1つが、接ぎ木の接着の鍵となる細胞壁を消化して組織をつなげる酵素です。この酵素は他の植物も持っていて、自分自身の傷を治すときには使っているのですが、タバコ属植物の場合は遠縁の植物と接ぎ木した場合にも同じ酵素が働くために、相手とつながれることが分かったのです。2000年以上前から行われてきたにも関わらず、これまで接ぎ木は科学的はほとんど調査されておらず、遺伝子・タンパク質・二次代謝物など様々な生体分子を調べてようやく原因を解明することができました。研究の過程では、他にも着目すべき面白い細胞現象が見つかっており、今後の研究でさらに理解を深めたいと思っています。

古くからある技術ですが、まだまだ科学の力による改善の余地がたくさんあるということですね。これまでにどのよう形で接ぎ木技術の改善を行ってきたのでしょうか?

上述の酵素を接ぎ木した部分に塗ると、接ぎ木効率が高まることが分り、技術の改善を目指しています。例えば、トマトとピーマンは同じナス科の野菜ですが接ぎ木できません。もし、トマトを栽培するときにピーマンの根が使えればトマトの病気に罹りにくくなり、農薬の使用を抑えることができます。このように、接ぎ木の組み合わせが広がれば、農業に有利な苗を作ることができると考えています。
また、劣化の進んだ農地を再び利用したいと考え、地球上でもっとも繁殖するキク科植物の根の上に、タバコ属植物の茎を挟んでトマトを接ぎ木することに成功しました。タバコ属植物そのものの能力を活用した方法ですが、今の技術ではトマト果実はとても小さく、実用はまだ難しい段階で、今後も研究を続けていく必要があります。

また、接ぎ木は手作業でコストもかかります。均⼀な接ぎ⽊苗を効率よく作るための接ぎ木システムを工学の専門家と開発しました。現在は大学発のベンチャー企業を立ち上げ農業現場に提供しています。ベンチャーでは、接ぎ木の技術提供にとどまらず、植物科学の知識を活用して植物資源の改良にも取り組んでいます。植物の魅力をますます引き出し、社会に届けていきたいと思っています。

なぜ?という探求だけではなく、その成果の社会への還元にも大学発ベンチャーで取り組まれているのですね。最後に今後の接ぎ木研究の展望についてお聞かせください。

接ぎ木は、植物科学の命題となる様々な現象を含んでいます。接ぎ木された相手の植物をどのように認識しているのだろうか? 組織の切断という強いストレスに植物はどのように耐えているのだろうか? 組織として分化した細胞はどのように運命をリセットして新しい細胞に分化しているのだろうか? 次から次と疑問が生まれてきます。

今回のユニークな遠縁の接ぎ木は、私たちに多くの洞察をくれます。これまでに遺伝子レベルの情報をたくさん集めてきたので、それらの中に先ほどの問いのヒントが隠されているはずです。植物の驚きの能力を科学的に調べることで、これからも新たなブレークスルーとなる発見につなげたいです。また、科学的に得られた知見を実用技術の改善や効率化につなげる努力もしていきたいと思っています。

小学生の頃に、地球温暖化の問題を聞き、化石燃料の使用や森林の減少について根本的な解決を目指さなければ、私たちの生命は守れないと強い危機感を抱きました。大好きな自然と自分たちの生活を守りたい、さらに可能であれば豊かな社会も築きたい、幼少期からの青くさい目標ですが、これからも科学を通して取り組んでいきたいと思います。

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