作物科学研究室 杉浦大輔

「作物の光合成・水利用を個葉・個体・群落スケールで捉える」

杉浦 大輔 講師(作物科学研究室)に聞いてみました。

作物学ということは、お米がとれるイネなどの研究をされているのでしょうか?

米、つまりイネだけでなく、ムギ、トウモロコシなどのイネ科の穀類や、ダイズなどの豆類、サツマイモなどの芋類といった、主に食用となる様々な作物を対象にして研究をしています。私はもともと基礎科学に興味があり、学生時代には理学部で作物とは程遠い雑草のような植物からカエデのような樹木を対象に、個葉レベルの光合成、その生産物の個体レベルでの需要と供給の調整 (シンク・ソースバランス)、そしてそれらの環境応答について一貫して研究に取り組んできました。農学部に着任してからは、附属農場で均一に生育するイネの群落に感動し、群落レベルの研究にも取り組んでいます。

イネやダイズなどの作物について幅広く光合成の研究をされているのですね。さらに、1枚の葉から群落までとは… !  どんな研究か、詳しく教えてください。

はい、植物は根から水や養分を吸収し、葉では光を受けて空気中の二酸化炭素から糖を合成する光合成を行い、その生産物を新しい葉や、茎、根へと分配しながら成長していきます。その際に、葉では根で吸収した水の大半を蒸散として失っています。私はこれらの光合成や水利用特性の環境応答について様々な手法を駆使して研究しています。

まず、個葉レベルでは、様々な作物の気孔開閉の光への応答を調べています。植物は光合成の基質である二酸化炭素を取り込むために葉の表面にある気孔と呼ばれる穴を開きますが、その際に大量の水が葉内から水蒸気として失われていきます。具体的には、1 gの炭水化物を作るのに300~500 gの水が必要とされ、玄米1 kgを収穫するのに2500 L、トウモロコシ1 kgの生産にも1800 Lの水が必要と言われています。実際に、世界の水使用量の約7割が農業用水に使われているという試算もあります。

約7割も農業に水が使われているのですか!光合成にはたくさんの水が必要になるのですね。

一方で、植物側も貴重な水を無駄にしまいと、環境に合わせて気孔の開閉を厳密に調節しています。私たちは様々なイネ科作物を対象に、光合成測定装置 (写真) を用い、光環境の変化に対する気孔の開閉速度を調べてみました。作物の中にはCO2をそのまま固定するコムギなどのC3作物※1と、CO2を濃縮してから固定するトウモロコシなどのC4作物※2が存在します。これらを比較すると、C3作物に比べてC4作物は、気孔の開閉速度が非常に速く、それによって水消費量が低く抑えられていることが分かりました 1)。このことがC4作物の高い乾燥耐性に寄与しているはずだと考え、この仮説を証明しようとしたところで大きな問題点がありました。一つは、乾燥条件を維持することがとても難しいことでした。植物への給水を止めれば乾燥条件を作り出すことができますが、そのままでは完全に干からびてしまいます。もう一つは、一般的に植物個体の水消費量はポットの重さの変化から評価できますが、ポットへの給水と重量の測定を自動で可能なフェノタイピングプラットフォーム※3と呼ばれる装置は、導入コストがとても高いことでした。

自動で水やりから測定までしてくれるなんて、とても便利そうな装置ですが、やはりお値段が高いのですね…  他の方法ではどうにかならないのでしょうか?

1日あたりの水消費量はポットの重量を毎日1回ずつ手作業で計測すれば分かりますが、もっと頻繁に1時間あたりの水消費量などを知りたい場合や、より多くの植物を扱いたい場合、人力での計測は非現実的ですし、特に一定の乾燥条件を維持するには自動で給水を行う装置が絶対に必要です。そこで、最近普及が進んでいるマイコン (マイクロコントローラー) を用いて、そのような装置と制御システムを開発してみました。

えっ !? 測定装置を自作されたということでしょうか?そのように機械を自分で作るのは工学部などで行うものだと思っていましたが…

はい、インターネット上から情報を集め、独学で作りました。一昔前はかなりの専門知識が必要でしたが、この十年で改良や情報共有のしやすいオープンソースのソフトウェアやハードウェアが普及し始め、利用者も増えてきたことから、一気にハードルが下がってきています。私は、様々なデジタルデバイス (写真) を組み合わせることで、作物の多様な生理的特性の評価や栽培管理が可能なシステムを作れるのではないかと考え、一念発起して取り組みました。出身の研究室では必要なものをDIY、つまり自分で作って課題を解決する文化があったことにも大きく影響されましたね。もちろん、計測機器を動かすためのプログラミングも習得する必要がありましたし、開発当初はトラブルも多く、大変なこともありましたが、柔軟な発想で自由度の高い研究が可能になってきました。

自由な発想をもとに自分で解決する。苦労も多そうですが得られるものも大きそうですね。どんな装置ができたのでしょうか?

当初の目標通り、ポットごとに一定の乾燥条件を維持しながら、同時に16ポットの水消費量をモニタリング可能なシステムを作ることができました。これにより、水の消費量を栽培期間を通じて自動で計測可能になり、作物の乾燥耐性を評価できるようになりました。また、植物はストレスを受けると気孔を閉鎖して水消費量が低下するため、乾燥だけでなく、湿害・塩害・重金属といった様々なストレスへの耐性も評価可能になりました。現在、このシステムを用いてイネやトウモロコシ、ダイズを対象として乾燥に強い品種の選抜や、ストレス耐性の評価、節水栽培技術の開発を目指した研究に取り組んでいます。さらに、そこで見出された品種や系統について、光合成測定装置を用いてより詳細な生理機能の解析も進めています。

たくさんの植物の特性を効率的に測定できるようになったのですね!
ところで、はじめに「農場の群落も研究対象」とお話されていましたが、自作されたシステムで同じように測定可能なのでしょうか?

それも重要な課題ですポット栽培用のシステムとは全く別ものになりますが圃場でソパネルを使って自家発電しながら、茎の中の水移動を熱センサーによって推定する計測装置を動かし、ダイズやトウモロコシの蒸散量の日変化や季節変化、さらに土壌水分条件への応答を捉える実験を現在始めています。これがうまくいけば、作物群落レベルの蒸散量をこれまでよりも高い時間分解能と精度で評価できるかもしれません。

栽培条件に合わせた測定システムを自作することで、圃場でも精度の高い自動計測ができるようになってきているのですね。

はい圃場試験では天気も選べず暑い日もあれば雨の日もあり人による調査は大変でした。多収イネ品種の収量決定要因を調べる研究も行っているのですが、イネを群落レベルで採取する必要があったため、時間と労力がかかって非常に大変でした。そこで、光学センサーを用いてイネ群落の葉面積指数 (単位土地面積あたりにどれだけ葉が茂っているかの指標) を連続かつ非破壊で計測する手法を開発しました 2)。可視光の大部分は光合成に使われるため葉に吸収されやすく、一方で近赤外光は葉を透過しやすいという特性を利用し、2つの光の強さの比率から群落レベルの葉面積を推定するというアイデアによるものです。この手法によって、イネの移植から収穫までの成長と枯れ上がりの様子を捉えることに成功し、多収をもたらすイネ側の要因と気象要因がだんだんと分ってきました。現在、この測定手法を発展させ、自作の光センサーとWi-Fi機能付きのマイコンを使ってイネ群落成長の遠隔・リアルタイムモニタリングを行おうと計画しています。これによって、研究室にいながら圃場のイネの成長を詳細に観測可能になります。

田んぼまで行かなくてもパソコンからイネの成長を確かめられるとは、とても先進的な農業という感じがします。

スマホでチェックできるようにすらなります!また、イネの収量に大きな影響を与える要因として光合成に加え、呼吸が挙げられます。一般に植物が光合成で固定した炭水化物の20~30%が呼吸によって消費されていて、さらに植物では温度が高いほど呼吸速度が高まり、炭水化物も消費されてしまいます。地球温暖化で夜間気温が上昇しており、これによる呼吸速度の増加が収量を減少させる可能性が指摘されていますが、実際にイネが夜間を通してどれだけ呼吸していのるかを示した研究はこれまでありませんでした。そこで、自動でフタを開閉させながら呼吸を測定するシステムを、マイコンやCO2センサーなどを組み合わせて開発しました。現在、名古屋のように熱帯夜が続く地域と、長野のように夜が涼しい地域との間で、呼吸量の違いが収量に与える影響について調べています。温暖化が進行していく中で、夜間の気温上昇が作物の収量にどれだけ影響を与えるのかについての貴重な情報になると考えています。

自由なアイデアで研究を進められると楽しそうですね。今後の研究の展開について教えてください。

作物学は人類が農耕を始めた1万年以上昔に始まった最も古い学問の一つと言えます。人口増加や気候変動といった問題が深刻化する今、これまで以上に人類の食を支えるこの学問の重要性はますます高まっており、その期待に応えるためには、十年一昔、目覚ましい勢いで発展している計測・解析技術をどんどんと取り入れていく必要があります。今後もより自由な発想で、新しい技術や視点を取り入れながら、個葉から個体、個体から群落レベルの、スケール横断的な研究によって、作物生産の持続性と生産性の向上を目指した研究を進めていきたいと考えています。

※1 C3作物:光合成においてCO2を固定する際の最初の光合成産物が三炭素化合物の作物。イネ、ダイズ、コムギなど。
※2 C4作物:最初の光合成産物が四炭素化合物の作物。トウモロコシやサトウキビ、ソルガムなど。
※3 フェノタイピングプラットフォーム:大量の植物の形態や生育状況、生理的特性などの表現型 (フェノタイプ) を計測・解析するための大規模な装置やシステムのこと。

 

もっと知りたい人はこちら↓

1) Ozeki K, Miyazawa Y, Sugiura D. (2022)
Rapid stomatal closure contributes to higher water use efficiency in major C4 compared to C3 Poaceae crops. Plant Physiology 189 (1): 188-203.

2) Fukuda S, Koba K, …, Sugiura D. (2021)
Novel technique for non-destructive LAI estimation by continuous measurement of NIR and PAR in rice canopy. Field Crops Research 263: 108070.