食料経済学研究室 徳田博美
「新たな農産物の流通チャネル『E-コマース』の可能性を探る」
徳田 博美 教授(食料経済学研究室)に聞いてみました。
農産物のE-コマース、とは一体どのようなものなのでしょうか?
E-コマース(Electronic Commerce)とは、電子商取引とも言われる専門用語で、インターネットを使ってモノやサービスを売買することを示し、みなさんが行うネットショッピングもこれに含まれます。アマゾンで物を買ったり、スマホで楽曲をダウンロードしたりと、現在では欠かせない流通チャネルの1つとなっています。農産物についても、まだそれほど多くはありませんが、電子商取引での販売に積極的に取り組む農業者は増えており、これから伸びる販路として期待が高まっています。
なるほど、農産物もネットショッピングする時代になっているということですね。
そうです。ただ、電子商取引を使い、どのような農業者が販売し、どのような消費者が購入し、どのような農産物が取引されているのか、その実態についてこれまであまり研究されていませんでした。農産物の電子商取引が今後どのように発展していくのか、農業者はどのように利用すれば経営に活かせるのかを考える上で、その実態を調査して効果や課題を明らかにすることは欠かせません。私の研究では、農業者などへの聞き取り調査と消費者へのアンケート調査から農産物の電子商取引の実態解明に取り組んでいます。また、日本だけでなく中国でも調査し、日中間の比較分析も行っています。
日中間の比較の比較ですか…どうして中国を対象とされたのでしょう?
日本における農産物の電子商取引だけを調査しても、その実態を理解することはできないからです。その国あるいは地域が、どのような社会経済状況で、どのような商業や流通が発展しているかによって電子商取引の発展やその形態は異なってきます。日本は世界的にみると電子商取引の発展が遅れた国である一方、中国はそれが発展している国の一つと言えます。その違いは、経済や流通の発展状況が影響していると考えられます。
日本は50年以上前に高度経済成長を経験しており、消費も拡大してきました。それに合わせて流通システムも発展し、現在ではスーパーマーケットやコンビニが全国にあります。農産物の流通でも、全国に卸売市場が整備され、農協による共同販売が中核的な販路となっています。しかし近年の経済は停滞気味で、消費も増えていません。日本では既存の流通システムが確立している中で、消費は増えないという厳しい条件の下で電子商取引が始まってきました。
一方で、中国は今世紀に入って急速に経済が成長し、消費も拡大しています。流通システムの整備も消費拡大に対応した発展途上にあり、電子商取引もその一環として拡大してきたと言えます。このように、電子商取引が導入された背景にある社会経済や流通の実情は好対照です。この違いが農産物の電子商取引の発展や形態にどのように影響しているのかに着目しました。
なるほど。日本と中国で農産物の電子商取引には何が影響しているのでしょうか?
特徴的な違いは、農業者の販売と消費者の購入の両面であります。
それでは、まず農業者で見られる違いを教えてください。
農業者の販売については、農協での共同販売が発達している日本では、電子商取引は個々の農業者が自らの農産物を直接販売する流通経路として利用されることが多く、共同販売から個別販売へ移行させるものとなっています。一方、中国では生産地の商人が農業者から買い付け、消費地に輸送し、販売するという昔ながらの流通経路の比率が依然高く、日本の農協に相当する農民専業合作社による共同販売は増加しているものの、まだ農産物の流通に占める比率は小さいままです。その様な状況で、電子商取引は個々の農業者だけでなく、農民専業合作社にも共同販売の有望な販路として取り込まれています。
つまり、日本とは逆で、中国での農産物の電子商取引は、個別販売から共同販売への移行を進めるものにもなっているということでしょうか?
そう言えます。もう一つの違いとして日本では電子商取引が登場する前からダイレクトメールなどによって消費者へ通信販売を行う農業者はいました。現在の農産物の電子商取引の中にはそのような農業者が通信販売の媒体をダイレクトメールからインターネットに移行したものもあります。そのこともあって電子商取引のサイトは、楽天のようなショッピングモールとともに、農業者自らのホームページも多くあります。一方、中国では電子商取引が発展する以前は消費者へ直接通信販売する農業者はほとんどなく、電子商取引の登場で消費者への通信販売が本格的に始まりました。電子商取引のサイトも農業者自らのホームページでの取引はほとんどなく、多くの農業者や農民専業合作社はIT企業のショッピングモールを利用しています。
それでは消費者にはどのような違いがあるのでしょうか?
まず、電子商取引で農産物を購入したことのある消費者でも、その購入頻度がまったく異なります。それぞれの国の消費者を対象としたネット調査をみると、日本では年1回以下の人が半数近いですが、中国は7割以上の人が月1回以上利用しています。日本では日常的な買い物と言うよりも、特別な目的がある場合のみ利用している人が多い一方、中国では日常的に農産物を電子商取引で購入している人が多いことを示唆しています。
どうしてそのような違いが生じているのでしょうか?
電子商取引で購入する動機としては、まず自宅などに居たままインターネットで注文し、配達されるという手軽さが思い浮かぶでしょう。これを「利便性追求型」の購入と呼ぶことにします。加えて農産物の場合は、特定の農業者の農産物や有機栽培などの特別な物を直接購入することも動機となっています。こちらを「こだわり農産物型」の購入と呼ぶことにします。日本では農産物を含めた日常食品の購入についてはネットスーパーを利用する人も増えてきていますが、多くの人はスーパーマーケットなどの実店舗を利用しているでしょう。電子商取引での農産物の購入は、実店舗では手に入りにくいような特定の農産物などの「こだわり農産物型」の方が「利便性追求型」の動機よりも多くなっています。一方、中国では電子商取引が日常の買い物の手段として定着してきており、農産物の購入についても「こだわり農産物型」よりも「利便性追求型」の動機の方が多くなっています。
この間のコロナ禍でも、日本では外出自粛の要請に留まったため日常の買い物での電子商取引の利用は大きくは広がりませんでしたが、中国では厳しい外出規制、いわゆるロックダウンが実施され、実店舗での買い物が制限されたので電子商取引が一層広がり、「利便性追求型」の動機での農産物購入が拡大しました。
なるほど、中国での農産物の電子商取引の発展がよく分かりました。日本での事情について、もう少し詳しく聞かせてください。
それではまず電子商取引で農産物を販売している農業者についてお話します。どのような農業者が電子商取引で農産物を販売しているでしょうか。まず挙げられるのが大規模な農業者で、自らのホームページなどを通じて大規模かつ戦略的に電子商取引で販売しているタイプです。それとは対照的に、小規模な農業者も電子商取引で農産物を販売しているもう一つのタイプとなります。自らホームページを開設して電子商取引を行うのは手間がかかりますが、楽天などのショッピングモールに出店して販売するのであれば、むしろ手軽な販路になります。小規模な農業者の中でも新たに農業を始めた新規参入者において手っ取り早い販路として電子商取引を利用している事例が目立ちます。
日本での農産物の電子商取引を行う農業者には2タイプあるのですね。
次に消費者側の電子商取引での農産物購入の特徴を紹介します。電子商取引はインターネットを介した流通経路なので、それを使い慣れた人たちの間で普及していると考えられ、若い人ほどより多く電子商取引を利用していると想像できます。実際に、全国家計構造調査の統計を見ても、消費支出に占めるインターネットでの購入比率(ネット購入率)は年齢が若いほど高くなっています。ただし、農産物を含めた食料全体としては、若い世代もネット購入率が低く、年齢間の違いも小さくなっています。
たしかに私(*学生)は本や音楽を買うほどの頻度では食べ物をネットで買いませんが、逆に両親や祖父母も贈答用のお肉や果物をネットで買ったりしていますね。
そこで私たちは、電子商取引で農水産物を購入したことのある首都圏と関西圏の消費者約1千名を対象としたネット調査を行い、さらにいくつかの特徴的な点を見出しました。まず、電子商取引と言っても、様々なウェブサイトがあり、それぞれ特徴があります。農産物を販売するE-コマース (EC) サイトとしては、楽天など様々な商品を取り扱うIT企業の「大手ECサイト」の他、食べチョクやポケットマルシェなどの農水産物を専門に扱う「農水産物専用ECサイト」、農業者が農協などのホームページ上で扱う「自社ECサイト」、そして「ネットスーパー」などがあります。
今回の調査では、大手ECサイトが回答者の8割以上が利用したことがあると答えていましたが、他のECサイトを利用したことがあると答えたのは2割程度で、一部の利用者に留まっていました。年齢別に見ると、大手ECサイトは年齢に関わらず利用されていましたが、農水産物専用ECサイトとネットスーパーは若い年齢層で利用者が多く、自社ECサイトは高い年齢層で利用者が多くなっていました。また、先ほどお話しましたように電子商取引で農産物を購入する動機は大きく2つに分けられますが、農水産物専用ECサイトと自社ECサイトの利用者では「こだわり商品型」が多く、ネットスーパーの利用者では「利便性追求型」が多くなっていました。品目ごとに見ると、果実、肉類・卵、水産物では「こだわり商品型」、米、野菜、乳製品では「利便性追求型」の動機が多く挙げられました。
コロナ禍は、日本でも農産物の電子商取引を増やしました。しかし、厳しいロックダウンが行われなかった日本では「利便性追求型」の動機のみでなく、外食が減って自宅での食事が増え、家庭内でも少し贅沢な食事をするために高級な食材などを購入する「こだわり商品型」の動機も増加の要因でした。
日本での農産物の電子商取引はこれからどうなっていくでしょうか?
日本ではコロナ禍でも農産物の電子商取引はそれほど増加しておらず、ネット購入率は依然低い状況です。一方、ネット調査にも示されているように一口に電子商取引と言っても、農産物を扱う様々なECサイトがあり、購入動機も「利便性追求型」と「こだわり商品型」があるなど多様です。現状では電子商取引は農産物の主要な販路とは言い難く、特定の消費者が特定の目的や動機で利用する限定的な流通経路と言えます。当面この状況は大きくは変わらないでしょう。しかし、スーパーマーケットなどの既存の販路とは異なり、遠く離れた生産者と消費者が直接取引できるので、その特性を活かした販路として発展していくことが考えられます。農水産物専用ECサイトなどでは、農業者と消費者がチャットを通じて対話していることも多くあり、農産物の売買のみでなく、農業者と消費者との交流の新たなツールとなっていくことが期待されます。
農産物の電子商取引には生産者と消費者を直接結び付ける新しい可能性があるのですね。農業におけるEコマースについて勉強になりました。ありがとうございました!