動物形態学研究室 飯田敦夫

お腹で子供を育てる魚、“胎生魚”の秘密を探る

胎生で繁殖するサカナを研究されている飯田 敦夫 助教にインタビューしました。

魚類の胎生について研究されているとのことですが、 サカナって卵で増える生き物じゃなかったでしょうか!?

はい、一般的に魚類は卵を産んで子孫を残すイメージで理解されているかと思います。しかし実のところ、私たち哺乳類と同じように体内で受精し、子供を赤ちゃんの形で産む魚類は数多く知られています。サメやエイなどの軟骨魚では全種数の約70% (40 / 98科、99 / 145属、420 / 600種)、サケやニシンなどの硬骨魚 (一般にイメージする“サカナ”) では2~3% (14 / 425科、123 / 3,900属、510 / 18,000種) が胎生だとする報告があります。

へぇーっ!意外と多いんですね!

数もさることながら、魚類の胎生の面白いところは胎生種が複数の分類群 (科や属) で報告されているところです。哺乳類の場合、カモノハシなどの単孔類は卵生で卵を生みますが、それ以外の真獣類 (ヒトを含む“俗に言う哺乳類”) と有袋類 (カンガルーやコアラ) は全て胎生で繁殖します。これは進化の過程において、胎生の獲得が真獣類と有袋類の共有祖先で1回だけ起こったことを示唆しており、胎生獲得の要因となった遺伝子についての研究報告もあります。
一方で魚類では、進化の過程で科や属などの分類群が別れた後に、各々で胎生獲得が起こったと考えられており、その回数は少なくとも100回以上だと見積もられています。つまり、魚類では哺乳類とは異なる胎生機構が100種類も存在することになります。

100種類もですか!…そのうちどれくらいが解明されているものなのでしょう?

形態の記載だけならまだしも、遺伝子の機能や分子機構まで全てとなると、私の生きている間に全て解明するのは無理でしょうね (笑)。そこで私は、よりユニークで、かつ研究に適した種を選択する必要があると考え、最大限に好奇心が刺激されるような面白い構造や性質を持ち、大学の研究室内で飼育や観察が可能な魚種を探しました。その結果、中米原産のカダヤシ目グーデア科に属するハイランドカープ (Xenotoca eiseni)という種に行き着きました。ハイランドカープをはじめとするグーデア科胎生魚は、いずれも淡水性で成魚の体長も10 cm弱と小柄です。私は学生時代からメダカやゼブラフィッシュを扱っていたのですが、それらと同じ設備やノウハウで飼育できることが取り扱い上の大きな利点でした。そして何よりも大きかったのが、名前を初めて聞くようなマイナーな魚種であったにも関わらず、観賞魚として日本でも流通していて容易に入手できることでした。ペットショップ経由で取り寄せて飼い始めた時の感動は、今でも忘れません。2011年の秋のことでした。

なるほど、入手や飼育の利便性から絞り込んだ訳ですね。では“ユニーク”という部分は何だったのでしょうか?

“trophotaenia”あるいは“栄養リボン”という言葉を聞いたことあるでしょうか?おそらくはありませんよね (笑)。これは平たく言ってしまえば、グーデア科の胎生魚における胎盤です。稚魚が母親のお腹の中で成長する間、この“栄養リボン”を使って母親由来の栄養分を受け取るのです。「胎生動物の赤ちゃんが母体の中でどのように (栄養を受け取って) 成長するのか?」はとても大きな疑問です。一方で、研究の世界で使用されている胎生動物といえば哺乳類 (特にマウスやラットなどの齧歯類) ほぼ一択で、他の分類群の実験モデル動物はほとんどが卵生動物です (ニワトリ、カエル、メダカ等々)。哺乳類の中での胎盤の多様性はよく研究されていますが、それ以外の動物ではほぼ手付かずです。これでは真に“胎生”を理解し、種を超えた多様性を議論することは難しいと言わざるを得ません。

多様性を知りたいから“魚類”だったと。

実際のところ、哺乳類以外なら何でも構いませんでした。先ほどもお話した通り、私はメダカやゼブラフィッシュで研究をしていた経験があり、飼育実験の設備や愛着 (笑) の面で、魚類がいいなと思って注目しました。

ハイランドカープという馴染みの薄い…というかほぼないサカナを使い始めた際に苦労などあったのでしょうか?

現場の感覚としてはありませんでしたね。私は元々、魚の飼育や観察が好きだったこともあり、飼って殖やす分には苦労した記憶はありません。ただ、実験材料としては別です。当時私が在籍していた医学や発生生物学の領域では、哺乳類ならマウスやラット、魚類ならメダカやゼブラフィッシュというモデル生物を使った研究が主流です。そこに名前も知らない、得体の知れない胎生魚を持ち込むわけですから、ゼロから説明して理解してもらうのに多少骨が折れた思い出があります。

なるほど。そのグーテア胎生魚を研究して、これまでにどのようなことが明らかになったのでしょうか?

私は胎生で最も面白いのは、母親と赤ちゃん (胎仔) の間の相互作用だと考えています。母親にとって他者 (異物) であるはずの赤ちゃんを体内に長期間にわたり維持するためには、卵生動物にはない仕組みが必要となります。私はこれまで、主に母体と赤ちゃんの間の栄養分の輸送に関して研究をしてきました。哺乳類の場合、母体と赤ちゃんの組織は子宮内で胎盤を介して近接した状態にあり、種によっては癒着しています。その中では主に血流を経由して様々な因子のやり取りがあります。一方でグーデア科胎生魚では子宮に相当する構造がなく、卵巣で妊娠します。まだ妊娠していない状態で卵を作ることと、妊娠状態で赤ちゃんを育てることを、同じ組織・空間が担っているわけです。加えて母体の組織と栄養リボンの間に目立った接着や融合は観察されず、卵巣内の液体成分 (卵巣内腔液) を介したやり取りが予想されていました。私は、母親から赤ちゃんへ共有されるタンパク質として、卵黄タンパク質の一つであるビテロジェニンを見出しました。

ビテロジェニン?これまた聞き慣れない名前ですね。

馴染みのない名前かもしれませんが、卵黄の栄養分を構成するタンパク質の一種で、鶏卵の黄身やイクラのどろっとした部分に含まれており、皆さんもよく食べている物質です。卵生動物では、ビテロジェニンは肝臓で合成された後、血流により卵巣に運搬されて卵へと取り込まれます。グーデア科の胎生魚は、妊娠中は卵巣の卵形成を停止させて赤ちゃんを育てる器官として使うため、妊娠中はビテロジェニンの合成や運搬が止まっているのではないかと予想していました。ところが、遺伝子発現やタンパク質の分布を確認してみると、妊娠したメスもビテロジェニンを合成し、卵巣に運び、卵巣内の胎仔の栄養リボンが取り込んでいることが分かったのです (参考文献1)。

なんだか哺乳類の仕組みとは違っているようですね。

そうですね、大きく異なります。哺乳類の胎生では、受精卵は早い時期に母体に着床して栄養的に依存することができます。よって胎生哺乳類 (真獣類) は卵細胞に栄養分を蓄積する必要がなくなり、ビテロジェニン遺伝子を失っていることが報告されています。つまり胎生になってビテロジェニンが不要になった哺乳類と、胎生になるためにビテロジェニンをさらに活用したグーデア科胎生魚では、まったく別の仕組みを持つことが分かってきました。これは当初に掲げた“種を超えた胎生の多様性”を議論できる面白い一例だと考えています。

これから先はどのような展開を考えているのでしょうか?

私が2019年に名古屋大に着任してしばらくは、赤ちゃんの栄養リボンがビテロジェニンを吸収する分子機構を追いかけていました。最近になって、エンドサイトーシスと呼ばれる機構が関わっており、栄養リボンが体内の消化管と似た性質を持っていることが分かってきました (参考文献2, 3)。また、新しいことにも挑戦したいと考え、最近では妊娠の維持と出産のタイミングの制御をあれこれ妄想しています。

妊娠の維持と出産?…サカナのですよね?

はい。ヒトなら十月十日、マウスなら二十日と、妊娠期間は種によって厳密に規定されており、出産のタイミングは内分泌機構により決定されています。同じような制御がグーデア科胎生魚でも存在するのか?ということが最大の疑問になります。私の飼育している環境では、ハイランドカープの妊娠期間は5週間前後で、大きなブレは今のところ観察されていません。ビテロジェニンで胎生哺乳類と胎生魚類の間の相違点を見つけたので、次は共通点を見つけてみたいというモチベーションです。

最後に、グーデア科胎生魚を使った研究で目指すものは何でしょうか?

第一には、他の誰も扱いそうにない材料や現象に目をつけ、世界で初めての発見をたくさん世の中に生み出すことです。研究者人口こそ多くはありませんが、グーデア科を対象とした研究は100年ほど前から脈々と継続されています。先人達による知見をしっかりと理解し、まさに ”巨人の肩に立つ ()” ように、少しずつ未知を既知に変換していきたいと考えています。魚類の繁殖の研究なので、その先の延長線上に水産や育種開発といった応用への糸口が見えれば、農学に携わる研究者としては感無量だと考えています。

※「先人の積み重ねた発見に基づいて新しい発見をすること」の 比喩で、科学の進歩の基本的なあり方を示す言葉です。

参考文献

1) Iida A*, Arai HN, Someya Y, Inokuchi M, Onuma TA, Yokoi H, Suzuki T, Hondo E, Sano K. (2019)
Mother-to-embryo vitellogenin transport in a viviparous teleost Xenotoca eiseni.
Proceedings of the National Academy of Sciences 116: 22359-22365.

2) Iida A*, Sano K, Inokuchi M, Nomura J, Suzuki T, Kuriki M, Sogabe M, Susaki D, Tonosaki K, Kinoshita T, Hondo E. (2021)
Cubam receptor-mediated endocytosis in hindgut-derived pseudoplacenta of the intraovarian embryo in a viviparous teleost
Xenotoca eiseni.
The Journal of Experimental Biology 224: jeb242613

3) Iida A*, Nomura J, Yoshida J, Suzuki T, Yokoi H, Hondo E. (2022)
Endocytosis-mediated vitellogenin absorption and lipid metabolism in the hindgut- derived placenta of the viviparous teleost Xenotoca eiseni.
Biochimica et Biophysica Acta – Molecular and Cell Biology of Lipids 1867: 159183

参考動画

お腹で子供を育てる魚・胎生魚の秘密 “飯田敦夫 助教”に会ってきた 研究紹介編