植物遺伝子機能研究室 芦苅基行

「作物のゲノム研究から食糧問題解決への挑戦」

作物のゲノムについて研究されている芦苅 基行 先生にお話しを伺いました。

最初の質問として、農学部に入ったきっかけを教えて頂けますか?

高校生の頃、あるテレビ番組で世界の食糧問題を知りました。食糧が足りないという理由で小さな子ども達が命を落としていること、そしてその規模の大きさに衝撃を受けました。この食糧問題の解決になにか貢献をしたいと思ったのが進路を決めるきっかけとなりました。食糧問題は様々な要因が複雑に絡んでいて、その解決には様々なアプローチがありますが、直接的に食糧に関わる農業の道に進むことにしました。その後、大学と大学院で作物の研究を行い、これまで分からなかった作物の秘密を研究によって解き明かすことの魅力にとりつかれ、研究者になりました。現在は、作物の中でもイネを対象とした研究を行っています。イネ、コムギ、トウモロコシは世界3大作物と呼ばれ、人類が消費するカロリーの約42%を供給する重要な植物です。特にイネはアジアの人びとの主食であるとともに、近年ではアフリカでの需要が急速に伸びています。そこで、イネのゲノム研究を行って、その研究成果を実際の農業に応用することで食糧問題を軽減することにチャレンジしています。

高校生の頃からの思いを現在まで貫き、食糧問題を解決するために農学の研究を続けておられるのですね。問題の解決のために「ゲノム研究」をされているとのことですが、「ゲノム研究」とはどのようなものか教えて頂けますか?

私は作物の中でもイネの研究をしているのですが、草丈が高いとか低いとかイネの収量が多いとか少ないとか、種子のサイズが大きいとか小さいとか、栄養素が多いとか少ないといった性質は“表現型”と呼ばれます。生物の“表現型”は「遺伝要因」と「環境要因」の2つの要因で決定されますが、作物の表現型は「栽培管理」によっても変化します。両親から受け継いだ遺伝子セットが「遺伝要因」で、降水量、気温、日照などが「環境要因」となります。そして、作物を植える時期、水管理、肥料の種類や量、投与する時期など、人が制御する部分が「栽培管理」になります。作物生産ではこれら「遺伝要因」、「環境要因」、「栽培管理」の3要素を最適化することで生産量や品質の向上を目指します。作物によってこれら3要素は異なりますので、それぞれの作物で各要因について深く理解し、農業に応用していくことが必要です。私は3つの要因の中で「遺伝要因」、すなわちゲノム(ある生物のもつ全ての遺伝情報)について研究しています。作物生産にとって重要な農業形質を支配する遺伝子の同定と機能解析、そして育種を使ったイネの改良を行っています。

なるほど。作物生産に関する要素の中でも「遺伝要因」について着目して研究をされているんですね。遺伝要因にはどのようなものがあるのでしょうか?

例えば、世界各地で栽培されているいろいろなイネの品種の中には、味の良いイネや収量が多いイネ、病気や害虫に強いイネ、乾燥に強いイネなど様々な特徴を持ったイネがあります。また、作物の草丈は一般的に小さい方が収穫しやすかったり、雨や風によって倒れにくかったりすることから、農業の世界では非常に重要な“表現型”と考えられています。こういった農業にとって有益な“表現型”は、それぞれのイネがもつ遺伝子の違いによって生み出されます。すなわち、収量が多いイネは収量を多くする遺伝子を、病気に強いイネは病気に抵抗性を示す遺伝子をゲノムの中にもっています。イネのゲノム中には約3万個の遺伝子があると言われていますが、どの遺伝子が味、収量性、病害虫抵抗性に関わっているのか?については分からないことがいっぱいです。そこで私はイネの表現型の中でも草丈や収量性に注目し、フィールドで研究材料を展開して、その材料を使って研究室でゲノムの中からこれらの“表現型”を決定している遺伝子を探し出しています。そしてそれら遺伝子がどのように機能して草丈や収量を制御しているのかを明らかにする研究をしています。

様々な表現型に関わる遺伝子を見つけることで、「遺伝要因」が明らかになっていくのですね。ところで、ある遺伝子の味や収量性への関与を理解することはどのように農業に利用されていくのでしょうか?

農業においては遺伝子を理解することは作物を品種改良する上で重要です。例えば収量の多いイネの原因遺伝子がわかると、この遺伝子を利用して収量の少ないイネを収量の多いイネに改良することができます。作物の品種改良ではまず花粉を雌しべにかける『交配』という手法によって雑種第1代(F1と言います)を作ります。ここでは収量が少ないけれど病気に強いイネの花粉を収量の多いイネの雌しべにふりかけてF1をつくることを想像してください(他家受粉と言います)。続いてF1個体を自家受粉させると後代(F2)が得られます。収穫時期のイネを想像してもらえればわかると思いますが、一つのイネからは2000粒近い種子が採れます。これと同じように、一つのFからは2000個のF2が得られることになります。作物の品種改良はこのF2(場合によってはもっと後代)の中から目的の表現型を示す個体、この例では収量が多く病気に強いイネを選抜することになります。さてここで、目的の表現型を示す植物をどのように選抜したらよいでしょうか?

えーと2000個体を一つ一つを育てて、一つ一つ確認すればわかるとは思うのですが、想像するだけで物凄く大変だと思います・・・。

ご想像の通り、非常に骨の折れる作業です。さらに、種子の数はイネが穂を出すまで調べることができないので時間もかかりますし、病気に強いかどうかを調べるのに病原菌を水田に撒き散らすわけにもいきません。しかし、収量を増やす遺伝子や病気に強くなる遺伝子が分かっていると(遺伝子が分かるということは、イネの12本の染色体のどこに高収量性や病害抵抗性遺伝子が存在するかが分かることになります)、遺伝子診断によって膨大なF2集団の中からこれらの遺伝子をもっている有望株を選抜することができます。遺伝子が分かると品種改良の効率が格段に向上します。ここでは、収量性と病害抵抗性の遺伝子でイネの改良を説明しましたが、乾燥耐性、冷害耐性、害虫耐性、倒伏耐性遺伝子など様々な農業形質を制御する遺伝子があり、これらの遺伝子がイネの改良に利用されています。また最近ではゲノム編集という新しい技術が誕生しましたが、作物ではこの技術によって特定の遺伝子を破壊して品種改良を行います。そのため予め遺伝子の機能を知っておくことは、ゲノム編集技術による品種改良において必須となります。

なるほど!遺伝子がわかっていれば全ての個体を最後まで育てずとも望んでいる性質があるかわかるのですね。しかし、まずどのように遺伝子を見つけるのですか?

興味ある表現型や生命現象を理解する上で、その表現型や生命現象に異常をきたした突然変異体を利用することは常套手段です。例えば、草丈の伸長に興味があった場合、草丈が短くなったり、長くなったりする突然変異体を探します。普通にイネを育てて突然変異体を探すのは一苦労です。なので、化学剤や放射線などの変異源をイネに処理することによって突然変異を起こりやすくします。突然変異体はどこかの遺伝子(DNA)に変異が起こっているので、正常なイネと突然変異のDNAを比較して、DNAの変異が起こっている場所を突き止めることで遺伝子を発見します。この理論を発展させると、突然変異体で無くとも、例えば収量の多いイネと少ないイネのDNAを比較することで遺伝子を見いだすこともできます。1つの遺伝子が分かったからといって、生命現象全体を理解することはできませんが、1つ1つ遺伝子が見つかり、それらの遺伝子の役割を明らかにすることで、遺伝子のネットワークが明らかになり、その積み重ねで包括的な理解に繫がります。

なるほど、異なる性質を持つ個体を比較していくことで遺伝子が明らかになっていくのですね。しかし、先ほどイネは3万個の遺伝子があるとおっしゃっていましたが、3万も遺伝子があると1つ1つを見つけていくのは大変な労力がかかりそうですね。

その通りです。ですから私たちは大きな研究目標に向かって研究室のメンバー全員で力を合わせて取り組んでいます。研究室には学部生、大学院生、博士研究員(博士の学位を取得した研究員)、教員がおりそれぞれの研究テーマについて研究を行っています。研究室では毎週それぞれの研究の進捗発表会を行っていて、メンバー全員で研究を共有しています。それぞれの研究は有機的に繫がっていることが多く、それぞれの研究成果を積み上げることで、さらに大きな研究成果へと発展していきます。一致団結して植物の生命現象を追求していくメンバーは家族の様な関係です。時には研究室で親睦を図りさらなる高みを目指しています。

目標を研究室のメンバーで共有し、協力しながら進めることで独力ではできない大きな研究への発展を目指しているのですね。今後、芦苅先生の研究はどのように発展していくのでしょうか?

学問は何故?という興味を追究するものですので、役に立つ立たないの観点だけで考える必要はないと思っています。ただ、農学は農業を念頭に置いた学問であるので、どう利用するか、応用するかの観点も重要です。そもそも私が農学の道を志したのは、世界の食糧問題解決に貢献したいという気持ちがあったからです。その志は今も失っていません。そこで、「WISHプロジェクト」という植物の基礎研究成果を利用したイネ品種改良プロジェクトを立ち上げました。WISHはだれもが知る“希望”と言う意味ですが、このWISHには「Wonder rice Initiative for food Security and Health」(すばらしいイネが世界に十分な食糧を供給し健康を導く)という意味が込められています。WISHプロジェクトでは特にアフリカのイネの改良に力を注いでいます。アフリカではいまだ深刻な食糧問題を抱えており、今後ますますこの問題は加速すると予測されています。また近年、アフリカの各国においてコメの需要が高まっていますが、それぞれの地域に適したイネの品種改良は遅れています。これまでに、研究仲間と協力して農業にとって有益な形質を制御する遺伝子を利用したイネの品種作りにチャレンジして、新たなイネ系統生み出してきました。現在、これらのイネはアフリカのケニアで品種検定試験が行われており、近い将来「品種」になる可能性が出てきています。作物の基礎研究の成果が、アフリカの食糧問題の軽減に繫がればと願っています。

研究室ホームページ<http://motoashikari-lab.com