植物生理形態学研究室 大井崇生

「作物の細胞内構造を三次元で解析する」

大井崇生助教(植物生理形態学研究室)に聞いてみました。
   2024年4月より 高知工科大学 へ転出

 

イネの葉の細胞を立体的に観察することに成功したそうですね。

イネは私たちの主食である「コメ」となる農作物で、その葉は光を受けて水と二酸化炭素から糖を作る光合成の場になることから収量に直結する重要な研究対象です。一般的に、植物の葉には、水や養分を運ぶ維管束と、外界とを隔てる上下(表裏)の表皮があり、それらに挟まれて光合成を担う葉緑体を多く含んだ葉肉細胞が詰まっています。特にイネの場合には他の植物よりも葉肉細胞が複雑にくびれて葉緑体も密に詰まっているため、その形を捉えるためには組織を薄く切って顕微鏡で観察する必要があります。これまでにもイネの葉は光学顕微鏡を用いたマイクロメートル規模の組織・細胞の観察だけでなく、電子顕微鏡を用いたナノメートル規模の細胞内の微細構造の観察もたくさん行われていて、その葉肉細胞の模式図は半世紀以上前から農学の教科書に載っています。ただ、いずれも二次元の断面像しかありませんでした。

二次元じゃダメなんですか?

いえ、断面像から分かることもたくさんあります。ただ、細胞全体としての外形がどのようになっているのか、中の葉緑体はどのように配置しているのか、立体像で示したものはなく、研究者の間でもイメージが曖昧でした。そのため、同じ断面を見ていても実体を正確に捉えられていない場合もあり、細胞や組織の内部構造を客観的に比較することが難しかったという現状がありました。私たちの研究室では組織や細胞を一定の間隔で連続して切片にし、順々に撮影した断面像をパソコン上で積み重ねる「三次元再構築法」を用いてイネの葉肉細胞を立体像として初めて示し 1)、ストレス条件で葉緑体がどのように形を変えるか 2)、数値に基づく比較を可能にしました。

三次元再構築法?聞いたことがありません、建築方法みたいな名前ですね。

建築方法ではありませんが、 設計士やデザイナーが使うようなコンピュータ・グラフィックス(CG)を駆使して観察する手法ではあります。植物科学の分野ではまだ馴染みが薄いですが、医療分野ではX線による透過像から三次元再構築を行う観察系が普及してきていて皆さんの目に触れる機会も多くなっていると思います。

そういえばこの前、歯医者さんでレントゲンを撮られ『自分の歯並び』を立体映像で見せてもらいました。いろいろな角度から見られて分かりやすかったです。

まさにそれが三次元再構築法の一例です。再構築する元画像をどのように撮るかでいろいろな種類がありますが、ここでは私たちがイネの葉肉細胞の観察に用いたFIB-SEM法を紹介しますね。FIBはFocused Ion Beamの略で、日本語で集束イオンビーム呼ばれるものです。重金属のガリウムを陽イオンにしてビーム状に細く集束させて照射し、試料をナノメートル単位で削ったり、付けたりすることができる微細加工装置で、材料工学や電気工学の研究開発の場で盛んに利用されています。これにScanning Electron Microscope、走査型電子顕微鏡と呼ばれる、電子線を試料表面に順々に照射して反射したり発生したりした電子で画像を得る装置に組み込んだものがFIB-SEMです。

ビームを出すマシンが観察するマシンに合体した感じですね!

まぁそんな感じです(笑)。この装置に試料の入ったブロックを入れ、FIBで薄く削ったら、その面をSEMで観察する、という作業を繰り返して連続した断面像を見ます。FIBは10 nm つまり1 mmの10万分1の間隔でも安定して切削することができ、数µmの奥行きのある細胞を数百枚単位の画像に切り分けて観察できるので3D像を再構築する精度の高い手法になります。

すごい細かく切れるのですね!でも、数百枚も写真を撮り続けるのは大変そう…

いえ、FIB-SEMは始めにきちんと設定すれば、あとは切削と撮影を一晩中、自動で繰り返してくれるので、半日ほどかけて用意したらあとはトラブルがなければ翌日まで待つだけです。

自動で動くロボットですね!ところでイネの葉っぱは装置の中で動いてしまったりしないのでしょうか?

説明が後になってしまいましたが、イネの葉は組織や細胞の形が壊れないように薬品で化学的に固定し、続けて脱水しながら水があったところを樹脂に置き換えて包埋するという、半世紀以上前から電子顕微鏡観察に用いられている形を保持する手法で準備しています。

理科室の棚にあるホルマリン漬けのカエルを琥珀に閉じ込めちゃう感じで?

カエルほど大きなものを封入するのは大変ですので、数mm角に切った小さな組織片を扱うのが一般的です。切片も非常に薄く切りますし、顕微鏡で観察できる範囲も数mmの範囲ですので小さくても十分なのです。現在の電子顕微鏡の技術では、残念ながら植物を生かしたまま見ることはできませんが、切り取って殺して固めることで、細胞の中の微細構微細構造を詳細に観察できるのです。

実際に撮影したイネの葉肉細胞を3Dで観てもらいましょう。こちらの動画をご覧ください。

おぉっ!細胞の端から端まで、しかも違う方向の断面からも見直せちゃうんですね。断面でいろいろ見れるのもおもしろいですが、やっぱり最後に立体で示してくれると形がわかりやすいです。

データとして体積と空間配置の数値があるので、パソコンのモニターの中で見るだけでなく、3Dプリンタで出力して模型にすることも可能ですよ。こちらはイネの葉肉細胞の外形を透明な樹脂で、中の葉緑体を不透明な樹脂で、大きさは実寸の7000倍のサイズで造形したものです。中が見れるように中央付近で2つに分けて作りました。

合わせると1つの細胞が手に取れるのですね!画面で見るより実感が湧きます。

普段顕微鏡の写真を見慣れていない人にも分かりやすいですよね。研究者からは「手に取れたからと言って何か新しいデータが取れるわけじゃないじゃないか」という指摘も受けますが、私は手に取っていろんな角度から眺めたり、他の模型と組み合わせたりしていると、いろんなアイデアが生まれてくるので、分かりやすいだけでなく、次の研究にも繋がると信じています …まだ、その次の成果は出てないんですけど (汗)

今後の活躍に期待ということで(笑)。

そういうことで (汗) 3Dデータが取れるとどんなことができるのか、もう少し紹介させてください。これまでの切片観察ですと計測値も二次元に留まってしまうため、細胞や細胞内小器官の体積や表面積といった生理現象の理解に直結する数値は断面像から推定するしかありませんでした。また、切片を観察する際にはどうしても細胞の中央で切られたキレイな断面に注目してしまいがちな問題もありました。これに対して三次元再構築法では、細胞や細胞内小器官の端から端まで残さず断面にしたものを再構築するので実寸値に近い3Dデータで定量比較できるようになります。

3Dデータで比較できるとどのようなメリットがあるのですか?

私たちの研究室では塩害を受けたイネの葉肉細胞の葉緑体の変化を研究していますが、細胞中央の断面像としては「葉肉細胞の葉緑体はストレスを受けていない条件では三日月状に細いが、塩ストレスを受けると膨らんでいる」ように見えており、『塩ストレスを受けると葉緑体は”膨張”する』というイメージをもっていました。しかし、三次元再構築法で立体像を比較すると、ストレスを受けている方が葉緑体の体積が増えていることはありませんでした。代わって真球度と呼ばれる立体の丸さの指標が顕著に高くなっており、実際に形を見比べるとストレスを受けていないときの葉緑体は細胞周縁に伸び広がっているのに対し、塩ストレスを受けたものでは細胞周辺から離れて丸くなっている変化が起きていることが明らかになりました2)。この形の変化の生理的な意義については現在解析途中で、葉緑体がストレスに適応するために積極的に丸くなろうとしているのか、ストレスを受けて伸び広がることができなくなっただけなのか、いずれにしても作物の塩害耐性を考えていく上で重要な反応の理解に繋がると考えています。詳しくは日本語でも解説記事を書きましたのでよければ読んでみてください3)

三次元再構築法は立体的に観察するだけでなく、形を数値で比べることにも役立つのですね。最後に、今後の展開を聞かせてください。

今回ご紹介したのはイネの葉肉細胞だけですが、イネに限らず様々な作物やモデル植物で三次元観察を始めています。断面像としてはすでに観察されていて“知られている”組織や細胞も、立体視や数値比較をすることで新しい発見があります。また、3D化して分かりやすくなった模型を発表していくことで、形態観察に馴染みのない研究者のインスピレーションを助け、間接的に新しい発見に貢献していきたいです。

もっと知りたい人はこちら↓

1) Oi T, Enomoto S, Nakao T, Arai S, Yamane K, Taniguchi M. (2017)
Three-dimensional intracellular structure of a whole rice mesophyll cell observed with FIB-SEM. Annals of Botany 120 (1): 21-28.

2) Oi T, Enomoto S, Nakao T, Arai S, Yamane K, Taniguchi M. (2020)
Three-dimensional ultrastructural change of chloroplasts in rice mesophyll cells responding to salt stress. Annals of Botany 125(5): 833-840.

3) 大井崇生, 山根浩二, 谷口光隆. (2021)
イネ葉肉細胞における葉緑体の細胞内配置と立体構造に塩ストレスが与える影響.
光合成研究 31(1): 4-13.