園芸科学研究室 白武勝裕

「花や野菜や果物を遺伝子でデザインする」

白武 勝裕 准教授に聞いてみました.

「遺伝子を使って花や野菜や果物をデザインする」と伺ったのですが,具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?

花や野菜や果物の色や形や大きさ,また,野菜や果物の味や品質は『遺伝子』に支配されています.このため,カラフルでユニークな形の花や野菜や果物,大きくて,美味しく,高品質で,健康に良い野菜や果物を作り出すためには,花や野菜や果物で働いている遺伝子の機能を明らかにすることが必要です.花や野菜や果物の色や形や大きさ,野菜や果物の味や品質を決定する遺伝子を突きとめ,その遺伝子を目的通りに働かせることによって,花や野菜や果物の色や形や大きさをデザインしたり,野菜や果物の味や品質をコントロールしたりすることができます.

なるほど,遺伝子が何を決めているかがわかれば「デザイン」できるわけですね!しかし,どのようにして,それらの遺伝子を突きとめるのですか?

近年,生物を研究するための技術が急速に進化しています.遺伝子の配列情報を大量かつ高速に読み取るDNAシーケンサーや,微量のタンパク質や代謝物を高精度に同定・定量できる質量分析装置(MS: Mass Spectrometer)などです.それらを活用することにより,生物が持つ全遺伝情報(ゲノム情報),ゲノムに存在する全遺伝子とその転写産物(mRNA)情報,mRNAから翻訳される酵素などのタンパク質の情報,酵素などの働きによる代謝変化の情報を取得できるようになりました.これらの情報を総体的に扱う学問が『オミクス』です.何万個もの遺伝子情報など,オミクスで扱う情報量は膨大であり,そのようなBig Dataを扱うには『バイオインフォマティクス』という情報科学の技術が必要になります.

私たちは,花や野菜や果物の研究に『オミクス』と『バイオインフォマティクス』をいち早く取り入れ,花や野菜や果物の色や形や大きさ,野菜や果物の味や品質を決定する遺伝子の探索を行っています.そのような作業を『データマイニング』(データ採掘)と言いますが,私たちは園芸作物という宝の山から,どんな宝物(遺伝子)が見つかるか,日々楽しみながら研究を行っています.

膨大な情報量を扱えるようになったことで,園芸作物の中から宝物になりうる遺伝子を見つけられるようになったのですね!具体的に『オミクス』によってどのような遺伝子をこれまで見つけられてきたのですか?

私たちが取り組んだ『オミクス』の一つに,自然突然変異で生じた果物の大きさが2倍になるセイヨウナシ‘ラフランス’のオミクスがあります.山形県の農家で,1本の樹の中の1本の枝だけに2倍の大きさの果実がなる‘ラフランス’が見つかりました.私たちは,なぜこのような突然変異が起きたのかの原因を探索するために,ゲノム解読,遺伝子発現(mRNA)の網羅解析[トランスクリプトミクス],タンパク質の網羅解析[プロテオミクス],代謝物の網羅解析[メタボロミクス]などを実施し,果実の成長,肥大,糖蓄積,石細胞(ナシのジャリッとした食感を作る細胞)の発達に関わる遺伝子などを明らかにしました.

また,ブドウに紫外線を照射したときの『オミクス』を実施し,代謝物の網羅解析[メタボロミクス]により,ブドウに紫外線があたると果皮に『レスベラトロール』という物質が蓄積すること,遺伝子発現(mRNA)の網羅解析[トランスクリプトミクス]から,レスベラトロール蓄積の鍵となる遺伝子を発見しました.レスベラトロールは,植物では紫外線から身を守ることや,病原菌の感染を防ぐことに働きます.一方,レスベラトロールはフランス人が高脂性の食事を取っても,ワインを飲むことで健康を維持しているという『フレンチパラドクス』の原因物質です.したがって,レスベラトロールの合成遺伝子を強化して,ブドウにレスベラトロールをたくさん作らせることで,植物が病気やストレスに強くなるだけでなく,それを食べた人間も健康になるという,一挙両得の効果が得られます.

網羅的に広く情報を取り扱うことで,様々な遺伝子が明らかになるのですね.ところで,遺伝子を見つけたとして,どうやって花や野菜や果物の色や形や大きさをデザインしたり,野菜や果物の味や品質をコントロールしたりするのですか?

私たちは『遺伝子組換え技術』や『ゲノム編集技術』を使って,花や野菜や果物の色や形や大きさをデザインしたり,野菜や果物の味や品質をコントロールすることで,作物の品種改良を行っています.

従来の品種改良では,作物を交配することで目的の遺伝子を集めたり,突然変異により遺伝子を改変したりすることで,新しい品種を作り出していました.しかしながら,このような品種改良法は偶然に頼る部分が多いため効率が悪く,優れた品種を作り出すために長い時間と膨大な労力を要していました.

そこで,効率よく短時間で目的の遺伝子を集める技術として『遺伝子組換え技術』が,目的通りに遺伝子を改変する技術として『ゲノム編集技術』が登場しました.研究段階の遺伝子組換え植物やゲノム編集植物は,法令に基づいて厳重な管理の下で栽培をしています.

それらの技術を使って,どのような野菜や果物を作り出してきたのですか?

最近,私たちはゲノム編集技術を使って,『糖度が高く甘いトマト』と『ピーナツのようなユニークな形のトマト』を作り出すことに成功しました.CRISPR-Cas9は,従来の技術より格段にゲノム編集を簡単に行える画期的な技術で,発明者が2020年にノーベル賞を受賞したので,皆さんもご存じではないでしょうか?

トマトには果物に糖がたまり過ぎないようにブレーキをかけているインベルターゼインヒビターというタンパク質が存在しています.このインベルターゼインヒビターの遺伝子機能をゲノム編集により働かなくすることにより,ブレーキがかからなくなり,果物により多くの糖がたまるようになりました.一般にトマトは甘くなると,果物が小さくなってしまうのですが,私たちがゲノム編集で作ったトマト品種は,甘くなっても,果物が大きいままなので,実用化が期待されています.

ピーナツ形のトマト品種は次のように作り出しました.私たちは,果実の形を決める遺伝子群を調節するMYB転写因子という制御因子を見つけました.そして,そのMYB転写因子の遺伝子機能をゲノム編集により働かなくすることにより,果実の形を決める遺伝子群の発現が変化し,トマトの果実がピーナツ形になりました.

今後は果物の味や形だけでなく,果物の色も遺伝子でデザインしたいと思っています.

果物の色をデザインするということは,色の遺伝子を果物に入れたりするということですよね.ふと,疑問に思ったのですが狙った色を狙った場所に入れたりできるものなのですか?

良いとこに気づきましたね.植物の色を決める色素は大きく分けると,アントシアニン(青~赤),カロテノイド(黄~赤),クロロフィル(緑),ベタレイン(黄~赤)の4種類が存在します.これらの色素は,植物の種や品種に特異的であったり,蓄積する器官・組織が限定されていたりします.そこで,それぞれの色素の合成や蓄積に必要な遺伝子を突きとめ,それら遺伝子を目的の器官・組織で発現させることにより,その器官・組織を目的の色に染めることができます.

例えば,私たちは,花の色を自在に改変したいという目的を持っていますが,そのためには花弁だけで遺伝子を発現させる必要があります.遺伝子はそれ自体発現する能力はなく,遺伝子が発現するには『プロモーター』が必要です.そこで,私たちはアサガオの遺伝子解析データとゲノム情報を活用し,花弁だけで遺伝子を発現させる『花弁特異的プロモーター』を開発しました.この花弁特異的プロモーターの下に,アントシアニン,カロテノイド,クロロフィルあるいはベタレインを合成・蓄積させる遺伝子をつないで遺伝子組換えすることで,花弁を黄,赤,青,緑に染めることができます.

なるほど,花で働くプロモーターにつなぐ形で色に関する遺伝子を入れれば,花の色をデザインできるのですね.これまでにどのような花を作られてきたのでしょうか?

『緑色のアサガオ,ペチュニア,シロイヌナズナ』と『ベタレインを蓄積する鮮やかな赤と黄色のペチュニア』です.

自然界に緑の花を咲かせるアサガオは存在しませんが,私たちは遺伝子組換えにより緑の花を咲かせるアサガオを作り出すことに成功しました.組換えた遺伝子は,私たちがイネから発見した葉緑体の合成・維持に関わるGPPという遺伝子です.このGPPを白い花を咲かせる,アサガオ,ペチュニア,シロイヌナズナに遺伝子組換えすると,花弁に葉緑体が形成されて,花が緑になります.また,GPPを遺伝子組換えすると,花の寿命が長くなり,アサガオだと2日間,シロイヌナズナだと1週間以上,花が老化せずに咲いたままになります.花の品種改良では,花の寿命を延ばすことも非常に重要であり,GPPは花の鑑賞期間を延長させる遺伝子としても注目されています.

ベタレインは鮮やかな黄色または赤色の色素で,花の色がとても鮮やかできれいなのですが,ナデシコ目の一部の植物しか合成できません.そこで,私たちは『花弁特異的プロモーター』の下に,共同研究先から提供してもらったベタレインの合成遺伝子をつないで,ベタレインの合成能力がないペチュニアに遺伝子組換えを行いました.すると,そのペチュニアは花弁でベタレインを蓄積し,鮮やかで美しい赤色と黄色の花を咲かせました.

緑の花はイネの遺伝子をアサガオやペチュニア,シロイヌナズナに,ベタレインを蓄積する鮮やかな花はナデシコ目植物の遺伝子をペチュニアに,種を超えて導入することで作り出されました.この「種を超えて遺伝子を導入する」ことは,交配による品種改良では不可能であり,遺伝子組換え技術だからこそできる夢の品種改良技術だと言えます.

【もっと詳しく知りたい方へ】

NU Research Information糖度が高いトマト品種を作るゲノム編集技術を開発」

白武勝裕(2020)ゲノム関連技術(DNAマーカー選抜育種とゲノミックセレクション,オミクス,遺伝子組換えとゲノム編集).野菜園芸学 第2版.pp. 267-277,金山喜則編,文永堂出版.

白武勝裕(2019)ゲノム編集で甘いトマトをつくる.現代科学.579, 34-37.

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